家族をネタにできない男の、深刻なネタ不足
私の日常は、いたってシンプルだ。
19歳10カ月になった老犬・八太郎(はちたろう)を介助すること。歴史コラムを書くこと。そして、日常で思いついた何気ない出来事や思い出をエッセイにして、noteに掲載すること。この三つで大半が占められている。
歴史のコラムを書くのに、そこまで苦労はいらない。必要な資料さえ手元にあれば、あとは自分なりの視点と感性で、歴史上の人物たちのドラマを描き出していけばいいからだ。
だが、問題は日常の何気ない出来事を題材にするエッセイやコラムである。これが実に難しい。
いまの私の生活空間にあるものといえば、妻と、八太郎と、積み上がった歴史資料くらいなのだ。必然的に、エッセイの内容は八太郎のことが多くなる。なにしろ24時間体制の介助ゆえ、四六時中目が離せない。
「じゃあ妻や娘のことを書けばいいじゃないか」と思われるかもしれない。正直、大いに書きたい。妻や、浜松市街の中心部に住むひとり娘の周りには、笑えるような出来事がそこかしこに転がっている。もし二人に起きた珍事件をネタに解禁できるなら、今すぐにでも20編以上のエッセイが書ける自信がある。
しかし、堅く釘を刺されているのだ。
「あたしのことは書かないでよね」と。
妻の監視状況は定かではないが、娘は確実に私のブログ(note)をチェックしている節がある。ある日、興味がないフリを決め込みながら、こんなことを言ってきた。
「パパ、スマホで読む人が読みやすいように書いた方がいいよ」
私はすかさず、「俺のコラムはスマホで読みにくいのか?」と聞き返した。
娘は「そんなことはないけれど、そういうことも考えて書いた方がいいよ」と素気なく返す。
「じゃあ、いいじゃねえか」
そう言い返したものの、心の中では「こいつ、絶対に俺の文章を読んでいるな……」と確信した。
そんな娘は現在、ウェブデザイナーなる仕事をしている。親としては高い学費を払い、芸大を出て、学芸員の資格まで取らせたのだから、できれば博物館や図書館あたりに勤めてほしかったのが本音だ。それが、いま流行りの横文字の職業に走ったか、と少々寂しくもある。
だから顔を合わせれば、「おまえらの仕事は、そのうち全部AIに取られるぞ!」などと憎まれ口を叩いてしまう。娘はきっと、内心ムッとしているに違いない。
そんなわけで、家族の爆笑ネタは固く封印されている。
結果として、エッセイのネタは「私自身に起きた出来事」と「八太郎のこと」だけに絞られることになる。
たまたまコインランドリーへ行ってツバメを助けた話。
夏になってもなぜか咲き続けているシクラメンの話。
家の東南にいつの間にか勝手に生えてきた雑木の話……。
我ながら、世界が実に狭い。
歴史コラムの方はまだまだ続けて書けるが、日常エッセイのネタは、ごく限られているのが現状だ。
そんな事情もあって、今後も八太郎には、本人の許可を取らずに度々登場してもらうことになる。
幸い、八太郎からはまだ「あたしのことは書かないでよね」と釘を刺されていない。
もっとも、あれだけ毎日吠えているところを見ると、何か抗議している可能性はある。
狭い世界でジタバタしながら書くジジイの日常だが、読者のみなさんには何卒温かい目でお付き合いいただければ幸いである。
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