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「犬公方」と言われた男 第3回 魂の双子と、歪みはじめた歯車

 人は、誰かひとりにでも本当に理解されると、少し壊れる。理解されることは救いだ。長いあいだ孤独だった者にとっては、なおさらである。だが同時にそれは、自分の信じているものを、どこまでも正しいと思い込ませる甘い毒にもなる。徳川綱吉にとって、柳沢吉保とは、そういう存在だった。

 将軍となった綱吉は、学問と徳によって世を治めたいという理想を、本気で抱いていた。だが、理想というものは、口にするだけなら誰にでもできる。問題は、それを聞く側だ。老臣たちはどうだったか。表向きにはうやうやしく受け止めながら、胸の内では「館林様らしい学者話」と思っていただろう。将軍の言葉だから従う。だが、心から共鳴しているわけではない。そういう距離は、綱吉にも見えていた。人は、自分を軽く見ている相手の目つきをよく知っている。

 そのなかで、ただひとり、綱吉の言葉を熱に浮かされたように受け止める男がいた。
 柳沢保明。のちの吉保である。

 高い家柄の大名でもなければ、幕閣の重鎮でもない。むしろ身分のうえでは、綱吉の理想を真正面から受け止めるには、あまりに軽い位置にいた男だった。だが、だからこそだった。日陰を知る者は、日陰を知る者の言葉に敏い。綱吉が長く「将軍になるはずのない四男」として生きてきたように、吉保もまた、世の中心から少し外れたところで、自分の才覚だけを頼りに生きてきた男だった。

 夜更けの書斎を想像する。蝋燭の火が揺れ、紙の上に影が落ちる。綱吉が語る。徳とは何か。仁とは何か。人の上に立つ者は、どうあるべきか。吉保はそれを、ただ拝聴するのではなく、ひとつ残らず受け取ろうとする。言葉を聞き漏らすまいと身を乗り出し、主君の理想を自分の血肉に変えるようにして聞く。綱吉にとって、それはどれほど甘美な時間だったか。自分の言葉が、ようやく本当に届く。上辺だけではない。お追従でもない。この男は、自分の理想を理解している。いや、自分以上に信じている。そう感じた瞬間、綱吉の孤独は和らいだ。

 人は、孤独のなかでは慎重でいられる。だが、理解者を得ると大胆になる。綱吉の理想が、単なる将軍の抱負ではなく、現実の政治として速度を持ち始めたのは、吉保という受け手を得てからだ。

 綱吉が夢を見る。吉保がそれを制度にする。綱吉が「こうあるべきだ」と語る。吉保が「ならば、こう動かしましょう」と形にする。この組み合わせは強い。強すぎる。理想家と実務家。孤独な主君と、心酔する側近。しかも二人とも、自分たちが世の中心に生まれついた人間ではない。だからこそ、いま手にした場所を、ただ守るだけでは足りなかった。自分たちの正しさを、この国のかたちそのものに刻みつけたかったのだ。

 綱吉の政治は、このころからはっきりと色を帯びていく。文治、道徳、秩序、そして命。命を粗末にしないこと。弱いものを見捨てないこと。力のある者が勝手に振る舞わないこと。それ自体は、少しも悪い理念ではない。むしろ、戦国の残り香がまだ消えきらぬ時代にあっては、まっとうな願いだった。だが、まっとうな願いほど、権力と結びついたときに厄介になる。自分を正義だと信じやすいからだ。

 綱吉は、命を守りたかった。この一点に、私は疑いを持たない。ただし、その「命」は、彼のなかで次第に抽象化していった。目の前の誰かひとりの命ではなく、世のなかにあるあらゆる弱い命、捨てられる命、踏みにじられる命、声を持たぬ命。それらをひとつ残らず守りたい。そう願うこと自体は美しい。だが、あらゆる命を守ろうとする政治は、しばしば目の前の人間の暮らしを見えにくくする。綱吉の理想は、このころから少しずつ、硬さを帯び始めていた。

 そこへ、個人的な悲しみが重なる。世継ぎの問題は、将軍にとって政治そのものだが、それ以前に、ひとりの父としての痛みだったはずだ。とりわけ徳松の死は、綱吉の胸に深い傷を残した。ようやく得た男子。自分の血を引き、自分のあとを継ぐはずだった小さな命。その命が失われる。

 吉保は、ただ黙って寄り添ったのだろう。だが、その悲しみが主君をさらに理想へ向かわせていくことを、どこかで受け入れていたのかもしれない。

 人は、自分が救えなかったものに、あとから執着する。あのときこうしていれば。なぜ自分には守れなかったのか。その悔いは、しばしば別のかたちで噴き出す。綱吉にとって、生類憐みの令の拡大は、単なる政策の展開ではなかった。そこには、幼い日の寒さも、母から受け取った慈悲の教えも、学問によって世を変えたいという理想も、そして守れなかった命への悔恨も、すべて流れ込んでいた。だからこそ、あの法は奇妙な熱を帯びる。犬や猫だけではない。捨て子、病人、行き倒れ、弱いもの全般へと視線が広がっていく。

 見捨てるな。殺すな。粗末にするな。
 その声は、将軍の命令であると同時に、何かに取り憑かれたような祈りだった。

 もちろん、現場はたまらない。理想は上から降りてくる。だが、暮らしは地面の上にある。犬を保護せよと言われれば、犬小屋が要る。江戸の中野に囲われた十万匹の犬のために、町方は米を供出しなければならない。捨て子を禁じるなら、育てる仕組みが要る。病人を見捨てるなと言うなら、誰がその面倒を見るのかという話になる。

 優しさは、個人の胸のなかにあるときにはぬくもりだ。
 だが、法になった瞬間に、縄になる。

 綱吉はそのことを、どこまで自覚していただろう。あるいは自覚していても、なお進むしかないと思ったのだ。なぜなら彼にとって、それは単なる政策ではなく、自分の人生そのものに関わる信念だったからだ。

 そして吉保は、その信念を支えた。いや、支えすぎた。吉保にとって、主君の理想は純粋に信じるに値するものであると同時に、自分のような軽い身分の者を、幕閣の誰よりも高みへ押し上げる唯一の梯子でもあったのだ。だからこそ彼は、綱吉の理想を疑うより、徹底する側に立った。それが忠誠だった。それが愛情だった。そして、その忠誠の深さが、二人をいっそう離れがたいものにした。

 私はこの二人を、単純な「名君と名補佐」として見る気にはなれない。もっと危うく、もっと切ない。綱吉は、ようやく得た理解者に、自分の理想を預けた。吉保は、その理想を受け取ることで、自分の存在価値を見いだした。互いが互いを必要とした。だからこそ、二人は強くなった。そして、強くなりすぎた。

 このころの綱吉は、まだ自分を見失ってはいない。理想はたしかに歪み始めているが、出発点の熱はまだ本物だ。彼は人を苦しめたくて法をつくったのではない。むしろ逆で、苦しむものを減らしたくて法をつくった。ただ、その願いが強すぎた。強すぎて、人間の暮らしの複雑さを押しつぶし始めた。優しい世界をつくりたいという願いが、優しくないかたちでしか実現できなくなっていく。綱吉の悲劇は、まさにそこにある。

 そして悲劇というものは、たいてい本人がいちばん善意であるときに、静かに始まる。その善意は、やがて一つの事件によって、人々の心と真正面から衝突する。
 赤穂事件である。

 法を守ることと、人の胸を打つことは違う。綱吉はその違いを、次の回で思い知らされる。

 次回、第4回「赤穂事件と、法に背いた喝采」。


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