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捜神記・巻四・五 河伯になった男

宋の時代。
弘農の馮夷。華陰の潼郷、堤首という土地の人間だった。
八月の上庚の日。
黄河を渡った。
水は、ふだんより黒かった。
流れは、ふだんより重かった。
馮夷は溺れて死んだ。
すると、天帝はその死を拾い上げ、
馮夷を河伯に任じた。
死が、職になったのだ。
水の底の沈黙が、そのまま官位に化けた。
また五行の書には、こうある。
「河伯は庚辰の日に死んだ。
ゆえにこの日は、船を治めて遠くへ行ってはならぬ。
溺れて沈み、帰らぬ」
日が悪いのではない。
水が、覚えているのだ。
その日に沈んだ者の名を。


解説
この話は、
「水で死んだ者が、水をつかさどる神になる」という話です。
馮夷という男がいます。
もとは、普通の人間です。
弘農の人です。
華陰の潼郷、堤首という土地の人です。
この話で大事なのは、
河伯が最初から神ではない、ということです。
人として生きていた者が、
黄河で死ぬ。
その死によって、
河伯になる。
ここに、古い人の死の見方があります。
当時の人は、
大きな自然の中で死んだ者を、
ただ消えた者とは考えませんでした。
山で死ぬ。
川で死ぬ。
雷に打たれる。
戦場で死ぬ。
そういう強い場所での死は、
その場所と結びつくことがある。
死んだ者の気配が、
そこに残る。
そして、やがてその場所を
つかさどる存在として語られる。
馮夷も、そうです。
黄河で溺れて死ぬ。
すると天帝が、
その死を拾い上げます。
ここでいう天帝は、
天の上にある大きな秩序の中心です。
死んだから終わり、ではありません。
その死が、天の秩序の中に組み込まれる。
そして馮夷は、
河伯に任じられます。
河伯とは、
黄河の神です。
川そのものではありません。
川の力に名を与え、
人格を与えた存在です。
黄河は、古代中国にとって特別な川でした。
恵みをもたらす川です。
同時に、人をのみ込む川でもあります。
水を運ぶ。
土地を肥やす。
けれど、ひとたび荒れれば、
村も人も流してしまう。
だから黄河には、
ただの自然ではない力があると考えられました。
その力を、河伯という名で呼ぶ。
この話では、
その河伯の由来が語られています。
ここで不思議なのは、
死が罰ではなく、職になることです。
馮夷は、ただ溺れた者ではありません。
水に取られた者です。
そして、水に取られたからこそ、
水の側の存在になる。
生きていた人間が、
死によって場所の神になる。
これは、古い神話ではよく見られる考え方です。
人と神の境目が、
今よりもずっと近いのです。
ただし、この話はそれだけでは終わりません。
後半に、五行の書が出てきます。
五行とは、
木、火、土、金、水という五つの働きで、
世界を見ようとする考え方です。
季節。
方角。
日。
体。
国の動き。
いろいろなものを、
この五つの働きで読みます。
ここでは、
庚辰の日が問題になります。
河伯は庚辰の日に死んだ。
だから、その日は船を直したり、
遠くへ船で出たりしてはならない。
そう言われます。
これは、単なる迷信として読むと、
話が浅くなります。
当時の人にとって、日はただの数字ではありません。
日には性質があります。
その日に起きた大きな出来事は、
その日の性質として残る。
河伯が庚辰の日に死んだなら、
庚辰の日には水の災いが起こりやすい。
そう考えたのです。
ここで、本文の最後が効いてきます。
日が悪いのではない。
水が、覚えている。
この読み方は、とてもよいです。
古い人にとって、自然は無言の物ではありません。
川は、流れているだけではない。
人を生かす。
人を奪う。
そして、奪った者の名を抱え込む。
黄河は、馮夷を沈めた。
その死は消えず、
河伯という名になった。
そして庚辰の日は、
その死と結びついた日として記憶される。
この話が伝えているのは、
水への恐れです。
同時に、
水への敬いです。
川は便利な道ではありません。
人が勝手に渡るだけの場所でもありません。
そこには、
人の都合とは別の力がある。
日を選ぶ。
水を恐れる。
遠出を避ける。
それは弱さではなく、
自然とつき合うための知恵でした。
馮夷は死んで、河伯になりました。
人の死が、
川の神の名になる。
そしてその名を、
水は忘れない。
この話は、
黄河という大きな水の前で、
人がどれほど小さいかを語っています。


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タオ ここまで読んでくださり、ありがとうございます。 古い言葉を、今の人にも届く形で残していきたいと思っています。 応援していただけたら、とても励みになります。