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大切に思う物が壊れた時に

最近、物が壊れたり溢れたり割れたりすることがあった。

まずは中国のお土産の大小の豚の置物。
私たちが九州旅行に行っている時に長男一家が我が家に泊まっていた。
歩き始めて、手当たり次第に手の届くものを触る孫のために、だいたいの置物は片付けておいた。
ぬかりはない。
でも、玄関のニッチに招福を意味する豚の置物は飾っておいた。木でできているし、握って遊んでも安全だと思ったからだ。
帰宅したら、その豚さんたちは机の上に置かれていた、横に倒されて。
よく見たら子豚さんの足が一本もげていた。
夫が、「あー折れちゃってるよ〜」と私の顔色を伺った。
私は「あら、折れちゃったんだ〜。大好きな置物だけど、〇〇ちゃんが遊んでくれたと思うとうれしい!」と笑った。
すると彼は意外な顔をした。
大切な置物なのに、怒らない、悲しまないんだと。
私は言った。
「私は命に関わること以外では怒らないんだよ〜」
彼は更にとっても意外だという顔をした。

昨日のこと、私はめったにお皿を割ることはないのだけれど、愛用しているグラスを念入りに洗っていたら、なんとパカっとふたつに割れた。
すごく好きなグラスなのに。
一瞬はもちろん悲しかった。
でも言った、「パカっと真っ二つに割れてくれたから怪我をしなかったわ〜。何かの身代わりになって割れたんだな。ありがたいわ」
またまた夫が意外なことを言うなと思ったのか、目をまん丸にしていた。

そして今日。私にとっては高級な甘酒を冷たい水で2倍に薄めて飲もうとしていた。夫と1杯ずつ飲めば無くなる量だった。
彼の分を作り、私の分の水を注いで、シンク脇のところに置こうとしたら、置き場所がコーナーすぎてひっくり返り、見事に全部こぼれてしまった。
隣に立っていた夫があちゃーという。
でもなぜか私はあらあらと眺めて笑う。
また言った、命に関わること以外はどうでもいいと。
そして一口だけ彼の分をもらって、うんおいしい、満足だと思った。

昔、昔、私の母はお皿やコップを私たち子どもが割ると烈火のごとく怒った。片付けが面倒だったからか、お皿が大事だったからか、私は母の気持ちがよくわからない。そして怒鳴られることにおびえていた、その記憶は今もハッキリ残っている。

その母が10年ほど前にうちに遊びに来ていた時に、ベランダに飾っていたお花を飢えたプランターを、布団を干そうとしてくれた時に引っ掛けて割ってしまった。
片付けながら、私に怒られると思った母は身構えていた。
でも、わたしが笑って片付けたのをみてびっくりしていた。
だって、形あるものは壊れる。
誰にだってミスはあるから。

物が壊れる、壊してしまう、溢してしまうなんてことは、正直どうでもいいことだ。
このような考えに至った自分は母を反面教師にしたからなのか、それともかなり体調的に生きてくるのが大変だったからか、どちらなんだろうと今しみじみ考えている。

とにかく、命に関わること以外はどうでもいいんだ。


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