コメントを書くのが怖い人へ。匿名でも「完璧なコメント」を求めてしまう脳の話。
🐕「コメントひとつ書くのに、こんなに考えるワン」
こんにちは、ゆる柴AIラボのゆる柴です。
突然ですが、聞いてもいいですか。
noteやSNSで「コメントしたい」と思ったのに、結局書けなかったことはありますか?
「コメントしたい」のに、指が止まる
読んでいて、心が動いた。
「わかる」「これ私のことだ」「泣いた」
そう思った。コメントしたい。
でも、指が止まる。
「なんて書けばいいんだろう」
「的外れなことを言ったら恥ずかしい」
「相手を不快にさせてしまったらどうしよう」
「こんな薄いコメントじゃ失礼かも」
「もっと気の利いたことを言わなきゃ」
結局、何も書けないまま画面を閉じる。
「コメントできない自分、なんかダメだな」という小さな自己嫌悪だけが残る。
私もずっと、コメントできなかった
正直に話します。
私もずっと、コメントを書くのが怖かったです。
noteもXも、匿名であっても、何かを書こうとすると色々考えてしまって。
「相手を不快にさせたくない」
「専門的なことを書かなきゃいけない気がする」
「凄いコメントが来たらパニックになる」
昔、Twitterで朝の挨拶運動をしていた時期がありました。毎朝フォロワーのツイートにコメントして回る。
でもあれは「コメントしたかった」んじゃなく、「コメントしなきゃいけない」という他人軸で動いていた。
本当に心が動いてコメントしたいのに書けない、という経験とは、全然違っていた。
先日、柴犬の話を書いたnoteを読んで、思わずコメントしてしまいました。初コメントでした。
心が動きすぎて、考える前に指が動いていた。
あの瞬間、「あ、コメントって本来こういうものなんだ」と気づきました。
「完璧なコメント」を求めてしまう理由
少しだけ、脳の話をさせてください。
コメントを書くのが怖い人の脳は、「返信文を何回も書き直す」記事で書いたことと同じことが起きています。
「完璧なコメントを書かなければ、相手を失望させてしまう」という思い込みが、指を止めてしまう。
しかも、コメントは返信と違って「自分から発信する」行為です。
求められていないのに、自分から出ていく。
それが、余計にハードルを上げてしまいます。
「求められていないのに出ていって、変なことを言ったら最悪だ」
でも、これは事実じゃない。
コメントへの「凄い返信」が怖い
もうひとつ、正直に言います。
コメントを書いたら、相手から返信が来ることがある。
その返信が怖い。
「凄いコメントをもらったら、なんて返せばいいかわからない」
「長い返信が来たら、ちゃんと答えなきゃいけない気がする」
「やり取りが続いたら、疲れてしまうかもしれない」
コメントをすることで、新たな「対応しなきゃいけない」が生まれる。
それへの恐怖も、指を止める理由になっていたりします。
コメントを書くのが怖いのは、コメントだけの話じゃなく、「その先の人間関係」まで一気に想像してしまうからかもしれません。
AIに「コメントの練習」をしてもらう
コメントを書きたいのに書けない時、チャッピーに投げます。
「読んでいてすごく共感した記事があって、コメントしたいんだけど何を書けばいいかわからない。こんな気持ちだったんだけど、どう言葉にすればいい?」
チャッピーが一緒に言葉を探してくれます。
🤖 チャッピーの返答(再現):
「その気持ち、そのまま書いていいよ。
『共感した』『これ私のことだと思った』『読んで泣いた』
それだけで、相手にとっては十分嬉しいコメントだよ。
気の利いたことを言わなくていい。専門的なことも言わなくていい。心が動いた、それだけを伝えるだけでいい」
「心が動いた、それだけを伝えるだけでいい」
この言葉が、すごく楽になりました。
コメントは、レポートじゃない。感想でいい。
「読みました」「泣きました」「これ私のことだと思いました」
それだけで、十分なコメントです。
「60点のコメント」を今すぐ送る
返信文を書き直す記事で書いた「60点の返信を今すぐ送る」と同じ考え方です。
完璧なコメントを探し続けて結局書かないより、60点のコメントを今すぐ送る方が、ずっと価値があります。
書いたコメントを読んで、相手が嬉しくなる可能性は、書かなかったコメントではゼロです。
完璧じゃなくていい。
「読みました」だけでも、相手には届きます。
コメントが怖い自分を、責めないで
最後に、伝えたいことがあります。
コメントを書くのが怖いのは、相手のことを大切にしているからです。
「不快にさせたくない」「的外れなことを言いたくない」
その気遣いは本物です。
ただ、その気遣いが、コメントという小さな優しさを届けることを、邪魔してしまっている。
心が動いたら、その気持ちをそのまま一言書いてみてください。
「読みました」「泣きました」「わかります」
それだけで、書いた記事が「誰かに届いた」という実感を、相手に渡せます。
心が動いたのに書けなかったコメントが、
たくさんあったかもしれない。
でも今日からは、
「読みました」だけでも、送っていい。
今日も、よくがんばりました。
🐕「60点のコメントが、相手の一日を明るくするワン」
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📝 この記事はゆる柴AIラボ(ゆる柴)が、実際のAIとの対話を通じて気づいたことを書いています。特定の医療・心理的診断を目的としたものではありません。しんどさが続く場合は、専門家への相談もぜひ。
