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日曜日は部屋を片付ける。誰のための服でクローゼットを満たすのか


自分の世界に必要なものって、そう多くはないのだと思います。


部屋を見てて思うに、私は服が好きではないのかもしれません。

クローゼットを見れば、片付け方に愛が足りないのは一目瞭然です。



ぎゅうぎゅうに掛けられた服。

すぐに乱れる引き出し。

余裕がないから、取り出しにくいし、しまいにくい。



服を畳んだりハンガーに掛けようとしても、スルスルと手からこぼれ落ちてしまうのです。


なんとなく、服と自分の心が離れている気がします。


大切に扱っていないから、離れていくのかもしれません。


子ども達が幼稚園に通っていた頃、おしゃれなママさんが多くて、少し頑張らないといけないかなという気持ちになりました。

もうちょっと明るい印象の服を着たいと思ったし、褒めてもらえるような服を着たいという気持ちになりました。

それまで抑えていた服を買いたい欲求や、友達と服を買いに行く楽しさを思い出した時期だったこともあり、自然と服が増えていきました。


少しずつ整理しているとは言え、その頃からの名残りがまだまだクローゼットを陣取っています。

以前はトレードマークのように着ていたワンピースも、「似合う」とか「かわいい」って絶賛された服も、今ではしっくりこなくなりました。

買ってから、何か違うと思ったけれど、着られないわけではないから手元に残しているという服もあります。


これ、全部手放したら、楽になるんだよな。


今は、あれもこれも着たいっていう気持ちはありません。

自分にとって着心地がよくて違和感なく着れる服ばかり手に取るようになり、制服化とまではいかなくとも、3パターンくらいを着回しているような気がします。

いつも同じ服を着ていると思われても、別に構わないという気持ちにもなっています。


今の自分に必要な服だけに絞ったら、クローゼットに、もっと余裕ができるはず。


着ないのに手放せない服は、誰かの視線や、誰かが残した言葉を気にしているものばかり。


ママ友や、友達や、他の誰かの。



褒められた記憶があると、手放しにくい。

買ったのにほとんど着てない服も、手放しにくい。

手放したら「もったいない」って言われそうで怖い。


「もったいない」って、きっと誰かの価値観。




期待に応えたら、褒めてもらえる。
褒められたいから、期待に応える。

期待を裏切って、失望されたくない。
失望されたら、私の価値が揺らぐ気がして。




――本当は褒めてもらいたかったのに褒めてもらえなかった――


幼い頃の気持ちが、まだまだ心に残ってるのだと思います。


だけど、全部捨ててしまおうかな。
誰かのための服を。



誰かの価値観で彩られた満杯のクローゼットではなく、自分の価値観で満たす余白のあるクローゼット。



そうしたら、もっと服と、もっと自分と、仲良くなれる気がするのです。







読んでくださり、ありがとうございました。
心穏やかな素敵な1日をお過ごしください。




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