ゼミで昏倒した話
以前の投稿で、大学院時代の指導教官からの学びが、今の私の軸になっているとお話ししました。
「無知の知」とは、まさにそのとおりで、あの時ほど自分が無知であることを意識せずに生きてきたことを恥ずかしく思ったことはありません。
日本語が理解できずに目眩
院では、主にゼミ形式で指導をしていただきました。
指導教官から、指定の書籍を購入するように言われ、その書籍を毎週読み進めていくことになりました。
事前に「次のゼミまでに◯ページまで読んできてください。そこまで議論しましょう」と言われていたのですが、その書籍がまったく読めませんでした。
日本人が執筆している、日本語の書籍なのに。
並んでいる日本語が、全く理解できなかったのです。
周りを見ると、同じゼミの2人の学生は、指導教官と議論を交わしています。
日本人が、日本の大学で、日本語の書籍を読んでいる。なのに、日本人の自分が話を理解できない――
恐怖のような、絶望のような、得体の知れない感覚に襲われ、ゼミ中に目眩を起こしてしまいました。
詳しく覚えていないのですが、ゼミ仲間に肩を貸してもらい、お手洗いへ連れて行ってもらって、顔を洗ったような気がします。
コペルニクス的転回
最近欠かさず見ている「チ。-地球の運動について-」にハマった一因にもなったのですが、「コペルニクス的転回」という言葉も、この時期に初めて知りました。
「当たり前だと思われている現象を、180度転換させた視点から見る」というようなニュアンスです。言わずもがなですが、プトレマイオスの天動説をコペルニクスが否定し、地動説を唱えたことからきている言葉です。
当時の私には、指導教官から学ぶことすべてが、自分の認識していた常識を根本から転換してしまうような衝撃でした。
逆に、ふっきれた
ゼミ中に目眩を起こして倒れたとなると、恥ずかしくてゼミに出るのが嫌になりそうなものです。
しかし、もともと自分は頭のいい人間ではないと分かっていたので、むしろ「やったー、少し賢くなれた気分」と、逆に吹っ切れました。
もちろん、恥ずかしいという感覚は強く残っていますし、今でも思い出してみては情けない気持ちに襲われることがあります。
それ以降、具体的な線引きはわからないのですが、直感的に「これは意味を知りたい」と感じたものは、できる限り原典を当たるようにしています。
あー、わかるぅー、という話
つい先日、格ゲー好きでは知らない人はいないであろう、ウメハラさんのYouTube動画を見ていました。
この動画では、視聴者さんからの質問に、ウメハラさんが回答してます。
格闘ゲームの上位層に位置するプレイヤーが、さらその上位であるトップ層に上がるために、自分に足りないものを求めているようでした。
私なりに、こう解釈しました。
「上位層」と「トップ層」の違い
上位層
すでに確立された強い戦術やテクニックを模倣し、効率的に成果を出すプレイヤー。
一定の勝率を維持できるが、自分の独自性を持たないため、環境の変化に弱い。
「強い戦法を使う」ことが目的になりがちで、個人のプレイスタイルが確立されにくい。
トップ層
独自の考え方やプレイスタイルを持ち、それを貫くプレイヤー。
短期的な勝率にこだわらず、長期的な成長を意識している。
失敗を恐れず、新しい戦略や方法を試しながら、自分なりの強さを築いていく。
「ただ勝つ」だけでなく、「自分のスタイルで勝つ」ことを目指している。
結語
上位層のプレイヤーは強いが、環境の変化に適応しづらく、一時的な成功にとどまりがち。
一方、トップ層のプレイヤーは、独自のスタイルを確立し、環境変化に適応できる。
「強さの持続性」や「独自性の有無」が両者の決定的な違い。
「暗記型」と「法則型」
また、ウメハラさんは、格ゲーのトップ層には「法則型」と表現できるプレイヤーが多いと指摘する一方、対比する型として、「暗記型」も挙げていました。
暗記型
既存の強い戦術や技をそのまま覚えて使うスタイル。
短期間で成果が出やすいが、状況が変わると対応しにくい。
自分の思考プロセスを深める機会が少なく、応用力が乏しくなりがち。
例えるなら、「テスト勉強で答えを丸暗記する」タイプ。
法則型
単に戦術を覚えるのではなく、「なぜそれが強いのか」を理解しながらプレイするスタイル。
応用力が高く、環境が変わっても適応できる。
長期的には、自分だけの戦略や個性を築ける。
例えるなら、「公式を理解して、どんな問題にも対応できるようにする」タイプ。
結語
どちらが良いか悪いかではなく、所詮はスパンの問題。
短期的に強くなりたいなら暗記型でもいいが、長期的に勝ち続けるためには法則型の思考が必要。
暗記型は再現性があるが、新しい状況には対応しにくい。一方、法則型はどんな環境でも通用する力を持てる。
ウメハラさんのような、世界を舞台に活躍されている方が言語化されているのを見ると、字を読めなかった時代から比べると、なんてありがたい世の中になったんだと思います。
私が、ゼミでの昏倒以降、できる限り原典を当たるようになったのは、まさに「暗記型」から「法則型」に変わろうと心変わりしたからなのだと思います。
具体的な線引きはわからないのですが、直感的に「これは意味を知りたい」と感じたものは、できる限り原典を当たるようにしています。
と先述しましたが、「自分の人生のなかで、短くないスパンで知識として定着させておいたほうがいい」と感じたものが、この「直感的」に感じたことの言語化なのだと思いました。
ウメハラさんも、私にとっては偉人の一人だと思います。
やはり、偉人の名言って、重みと説得力があります。
