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山業があるなら、海業もあっていい

山業があるなら、海業もあって良いのではないか。そんな声も、きっと聞こえてきそうです。そして実は、うれしいことに、その言葉はすでに存在しています。しかも、誰かの思いつきではなく、国の制度として位置づけられた、オフィシャルな言葉として。

2024年、水産庁は「海業」を、日本各地で本格的に広げていく制度をスタートさせました

これは単なる政策の追加ではないと思います。海との関わり方そのものを変えていこうとする、静かな、しかし本質的な転換の始まりだと私は信じています。

海業は、突然生まれた言葉ではない

「海業」という言葉は、最近生まれたものではありません。1985年、神奈川県三浦市の久野隆作市長によって提唱された造語です。(つまり、本当は海業の方が古いのですね、多分)

漁業だけでは地域が成り立たなくなり始めていた時代に、海の持つ価値を漁業に限定せず、観光、食、レジャー、文化などを含めた複合的な経済活動として捉え直そうとした―― それが、その出発点でした。

ただそれは、当初は地域レベルの工夫に過ぎませんでした。魚の直売所をつくる。漁港で食事を提供する。観光と組み合わせる。いずれも、「漁業だけでは食べていけない」という現場の切実さから生まれた試みです。

長い間、海業は制度でも政策でもなく、現場の知恵として静かに育まれてきました。しかし近年、その位置づけは大きく変わります。

国の政策へ――背景にある危機感

2022年、水産庁は「水産基本計画」に海業を明確に位置づけました。これは単なる言葉の採用ではありません。背景にあったのは、漁村の人口減少、漁業者の高齢化、そして所得の低下という構造的な危機です。

「獲る漁業」を続けるだけでは、地域がもたない。この現実を前に、国もようやく方向転換を始めました。2024年4月、改正された漁港漁場整備法に基づき、漁港施設を飲食、宿泊、レジャーなどに活用できる制度の運用が本格的に始まったのです。

これにより、「海業振興区域」を指定し、漁港を水揚げの場にとどまらない多機能な拠点として活用する取り組みが制度として動き始めたのです。

海もまた、タダ働きだった――そして収奪されてきた

ここで、前回の「山業」の話と重ねて考えてみたいと思います。
山は、長いあいだ手入れされず、放置され、荒れていきました。
一方で海は、放置されたのではなく、獲られ続けてきた

価格がつくのは魚です。しかし、藻場を育てる、海底環境を整える、沿岸の生態系を健全に保つ―― そうした「海を生かすための仕事」には、ほとんど対価が払われてきませんでした。
海は、「価値があるのに払われなかった」だけでなく、「価値があるものを産むから、ひたすら獲られ続けた」存在でもあったのです。

最近になってようやく、「育てる漁業」という言葉が広く使われるようになりました。これは海の環境を守るための理想論ではありません。獲るだけでは、海も地域ももたない。その危機意識が、ようやく共有され始めたのです。

一般に想定されている「海業」の姿

現在、多くの地域で想定されている海業は、比較的分かりやすいものです。
・魚の直売
・飲食や加工
・漁業体験や観光との接続

いずれも重要な取り組みですし、地域経済を支える力もあります。
獲る」だけだった漁業を、「使う」「見せる」「味わう」へと広げた点で、大きな前進だと言えるでしょう。農業などの六次産業化とも、どこか共通するものがあります。

ただし、ここには一つの限界もあります。それは、海業がまだ「表層――水産物の活用」にとどまっているという点です。

いまは、まだ「入り口」に立った段階

制度が整い、言葉が共有され、各地で実践が始まりました。それ自体は、とても前向きな変化です。しかし、現時点の海業は、まだ「入り口」に立った段階だと私は感じています。

なぜなら、海が本来持っている生態系としての機能――
・水質の調整
・防災
・気候変動への適応
・文化や景観の維持
といった価値が、十分に組み込まれているとは言い難いからです。

海業は、漁業の延長では終わりません。そして、観光の別名でもありません。海の生態系をどう健全に保ち、どう機能させ、どう社会と接続するのか

本当の問いは、ここから先にあります。そして、その問いの先にこそ、これからの社会を支える、新しい「業」の可能性が眠っているのです。


初出:2026年2月5日
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