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政策は科学的な思考で

私はいろいろな政策を考えるときに、EUの政策を参考にします。サステナビリティの分野でEUが先行していることが多いのもその理由の一つですが、それ以上にEUの政策は科学的思考に基づいているので、結局はそこに落ち着かざるを得ないと思うからです。

ですので、企業も含めて長期的な計画を立てるときには、EUの政策の内容や動向をウォッチすることをお勧めしています。もちろん日本はEUには含まれませんし、EUの政策が常に適用となるわけではありません。ですが今後、私たちがどういうルールに従う必要があるのかを考えるとき、とても参考になるのです。

科学的であるということ

あたりまえのことですが、私たちは科学的事実を曲げることはできません。そして現代の科学は、将来の予測においてもかなりの精度を持っています。

もちろん予測には常に不確実性がありますが、過去の経験や観測データ、理論の積み重ねから導かれる推定は、思いつきや直感に頼るよりはるかに確かです。

日本では「科学」というと数字や統計を連想する人が多いかもしれません。しかし科学の本質は、数値化されたデータだけではありません。過去の事例から法則や傾向を学び、それを未来に適用することも科学的思考の大きな柱です。歴史の教訓や現場の経験も、検証され一般化されれば立派な科学と言えます。

予防原則の意味

たとえば一つ前の記事で紹介した「予防原則」という考え方があります。「環境や人の健康に重大な影響を及ぼす可能性がある場合、未然にリスクを回避するための措置を講じるべき」という考え方ですが、これは誰が考えても反論しにくいのではないでしょうか。これこそ、私たちが歴史の中で何度も経験した同様の失敗に基づく教訓です。

興味深いのは、この予防原則が「科学的な因果関係が十分に証明されていなくても」リスクを回避する措置を講じる、としている点です。科学的に因果関係が十分に証明されなければ無視していい、ではなく、重大なリスクが予見できるなら、リスクを未然に回避せよ、と言っているのです。

一見するとこれは「科学を無視している」ように聞こえるかもしれません。しかし実際にはその逆です。科学の限界を踏まえ、安全側に立つという姿勢こそ、真の科学的態度です。歴史が示しているのは「因果関係が証明されるまで待っていたら手遅れになる」という現実であり、だからこそ予防原則は科学的合理性の中に位置づけられます。

実際、EUではこの予防原則を政策形成の前提に据えており、その結果として環境政策や化学物質規制、気候変動対策などが「科学的ファクト」を基盤に進められています。つまり予防原則は、科学を否定するのではなく、むしろ政策をより科学的にするための仕組みとして機能しているのです。

科学的思考に基づく政策の力

科学的思考の最大の利点は、すでに解明された知見を繰り返さずに済むことです。英語圏の諺に「車輪を再発見するな」(Don’t reinvent the wheel.)というものがありますが、まさにそういう無駄な努力をしなくて済むのです。

こうした姿勢があればこそ、失敗から学び、同じ過ちを減らすことができます。かの偉大な物理学者ニュートンですら「もし私がより遠くを見ているとすれば、それは巨人の肩の上に立っているからです」と述べています。私たちはもっとこの姿勢に注目すべきでしょう。

科学は時に、私たちの直感や経験則に反する結論を導きます。しかし、こうした態度を持っていれば、自分たちの潜在的な間違いに気づき、正しい方向に修正できるでしょう。科学的な事実や予測は、価値観の違いを超えて共通の土台となるのです。

EUが科学的ファクトを重視する理由

EUは27の加盟国が合意形成をしなければなりません。国ごとに歴史も価値観も、そして現在の経済レベルも異なる中で、どうしたらそんなことが可能になるのか。とても不思議ですが、この27カ国が唯一共有できる基盤は「科学的事実」と「透明な評価プロセス」なのです。

だからこそEUの政策は、必然的に科学的ファクトをベースにせざるを得ないのです。

環境政策や化学物質規制、気候変動対策などでは、政策立案の段階から科学的評価が法的に義務づけられています。さらに予防原則に基づき、不確実性があっても重大なリスクが見込まれる場合には、先手を打って対策が取られます。

この「科学的評価→政策」の順序が揺らがないことが、政策の安定性と信頼性を支えています。

日本の政策が利害調整型になりやすい理由

一方、日本では政策形成が「科学的評価→政策」ではなく、「利害調整→政策(→科学的評価は後付け)」になりやすい傾向があります。

その理由はいろいろ考えられますが、おそらくは合意重視の政治文化(日本社会の特徴かもしれません)、省庁の縦割り、科学的評価の制度的な弱さ、短期的な経済影響への過敏な反応、市民参加の不足など、さまざまな背景が重なっているのでしょう。

科学的根拠があっても、それが政策決定の「前提」ではなく、利害調整の材料の一つとして扱われてしまうのです。その結果、長期的な持続可能性よりも、短期的な調整や妥協が優先されます。当然その政策が導く結果は、長期的には好ましくない方向になりがちです。

科学的な事実を軽んじれば、その帰結は明らかです。

科学は頼りになる羅針盤

科学は万能ではありません。それでも私たちがより良い未来を選び取るための、最も確かな羅針盤です。

もし間違いがわかったら、その時点で最新の科学的評価を踏まえて判断をし直し、軌道修正をすればいいのです。これを繰り返せば、当初の狙い(予測)と大きくずれることはないでしょう。

つまり、科学的思考を政策の基盤に据えることが、価値観の違いや利害の衝突を超えて、持続可能な社会を築くための最低条件なのです。

だからこそ私たちは、政策を科学的思考に根ざして設計し続けなければなりません。それが未来に対する、最も誠実な責任の果たし方だと思います。

2025年8月17日

※このテキストは、公益的な目的であれば引用・転載・活用を歓迎します。その場合、出典として「最初のひとしずく」を明記していただけますと幸いです。

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