「ご」の2周目 2026/01/12
「ご」と言うことで「合理性」の話題でも。
感情を排した科学的・客観的な視点を合理性と考えることにします。
上記の一文で今の人類には達成不可能な言葉だとわかります。
どうしても物事に人は物語や気持ちをのせてしまうからです。
戦争は大抵の人が悪しき行為と捉えています。
合理的に考えれば、人権を蹂躙し、文化は破壊され、経済は停滞し、デメリットが圧倒的に占める行為なのでやらないはずです。
しかし人類の歴史を紐解けば、起こらなかった日を探すことは難解と言わざるをえません。
移民問題もそうです。
人権意識という感情が先走っていて、先進国の中で合理的な判断ができている国はおそらく存在しません。
なぜ移民は自国を豊かにすることをまず一番に考えずに、他国に移り住もうと考えるのでしょうか?
それは身の安全や経済的保障が確保されていないからだと仰る方はいらっしゃいます(これはもっとな理由です)。
だったら受け入れてくれた国は、その移民にとっては借りがある国なのですから、最大限恩返しをするのが筋なのではないでしょうか?
受け入れ国の国民以上の権利を主張し、あまつさえ文化さえも変更させようと画策し、治安を悪化させるとは罰当たりもいいところなのです。
それを変に受け入れてしまうから、問題が大きくなってしまっています。
歴史は必ず揺り戻しが発生します。
そう遠くない未来に制度を悪用してあぐらをかいていた移民は、しっぺ返しを喰らうことになるでしょう。
「ナントの勅令」を布告したことで有名なヘンリー4世は合理性の権化でした。プロテスタントでしたが国の平定を願ってカトリックに改宗します。
争いより実利を選んだのです。
王になったのは良かったのですが、実質的には国を支配できない状況を見て、対外的なアピールも兼ねて信仰を変更することにしました。
30年にも続いた政争を食い止めたのです。
彼の言葉で「パリは一つのミサに値する」(言ったかは諸説あり)というものがあります。
分断されたフランスを統一し、平和をもたらすために自分を曲げました。
2つの対立軸に法という形で和解案を提示したのです。
ルイ14世の治世下、1685年にフォンテーヌブローの勅令まで効果は続きました。
人は弱く、怠惰に誘惑される生き物だとして認識することが大事です。
弱さは決して悪いものではありません。
自分を素直に理解したところから始まるのです。
運は素直な心が大好きなのです。
