「ど」の4周目 2026/06/12

「ど」と言うことで「度外視」の話題を。
物事を評価したり考えたりする際に、「初めから問題にしないこと」「考慮に入れないこと」を意味します。
「採算度外視」はよく企業がセールするときにするキャッチコピーですね。

権力への執着を度外視して、初代アメリカ合衆国大統領になったジョージ・ワシントンは良き模範を後世に残しました。
ワシントンはイギリスの植民地だったバージニアで生まれます。
青年期は測量士として過ごし、不法占拠者・熊などの脅威と対峙する危険な仕事を行なっていました。

やがてフレンチ・インディアン戦争に参戦したワシントンは、冷静な判断力と、部下を決して見捨てない信念のおかげで信用を得るようになります。
また勝利だけでなく敗北も経験したことで、大局的に物事を見る目を養いました。

ワシントンはもともと本国イギリスを支持する立場でしたが、時代が彼の判断を揺るがしていきます。
海の向こう側で起こった七年戦争(イギリス、プロイセンVSフランス、オーストリアなど)により発生した、アメリカに対するイギリスからの徴税が発端で、庶民は不満を募らせていきます。
またトマス・ペインの著作「コモン・センス」が空前のベストセラーになり、独立への意識が国全体に芽生え始めるのです。

ワシントンは独立となれば戦争不可避とわかっていたので、その気運には当初乗りませんでした。
転機はレキシントン・コンコードの戦いが勃発したことにより始まります。
周りでたくさんの人々が道半ばで倒れていきました。
慎重派だったワシントンでも、その状況には流石に耐えきれず、重い腰を上げ、独立戦争を指導することとなっていくのです。
そして総司令官の座を降りることなく、イギリスと戦い続けました。

終戦後、絶大な権力を保持することができたかもしれませんが、それを辞退して故郷へ帰ります。
これは権力を拒否した古代ローマ共和制のキンキナトゥスの例に倣ったものでした。

しかし周りがほっときません。
彼を担いで大統領へと押し上げるのです。
その後。ワシントンは2期務めた後、自ら退任します。
退任演説では長期政権や終身大統領化を避ける「2期まで」という不文律(のちに憲法で明文化)を作りました。
彼は王になる道よりも共和制の未来を選んだのです。

度外視は自分より大きな目的に意識を向けることから生まれます。
視座が低くなっているようでしたら、見直しましょう。
運は柔軟な考えから育まれます。

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