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shimakoneko
優しさと境界線のあいだで
あなたは、「助けてあげたい」と思っても、あえて手を差し出さなかった経験はありますか?
それは冷たさなのか、
それとも、別のかたちの優しさなのでしょうか。
今日は、そんなことを考えたエピソードを綴ります✍️
先日、職場で話した方がいました。
その方は車を持っておらず、バスで通勤しているそうです。
けれど、ちょうどいい時間の便がなく、
朝は1時間も早く到着し、帰りも1時間待ってから帰るから大変だと。
私も、以前しばらくバス通勤をしていたことがあります。
時間に縛られる感覚や、じわじわと積み重なる疲れも知っています。
家も近くだったので、自然とこんな思いが浮かびました。
「送ってあげたいな」
きっと、以前の私ならすぐに声をかけていたと思います。
でも私は、学んだことがあります。
優しさが、
いつの間にか義務になってしまうことがあると。
優しさのつもりで差し出したことが、
いつの間にか"当たり前"になってしまったり、
自分の中で"やらなければならないこと"に変わってしまった経験があるからです。
だから今回は、少し立ち止まりました。
自分の住んでいる場所には触れず、
そのまま少し雑談だけをして、その場を終えました。
差し出すことだけが優しさではない。
踏み込まないこともまた、優しさのひとつかもしれないと感じました🌱
何をするかだけでなく、
何をしないかを選ぶこともまた、大切な選択。
それは、以前の私にはできなかったことでした。
正解かどうかは分かりません。
でも、自分を守りながら誰かを思うことも、
きっと優しさの一部なのだと思っています🌱
あなたは今、
誰かに優しくしすぎて、疲れていませんか?
もしそうなら、ほんの少しだけ、自分の境界線も大切にしてあげられたら十分だと思います🕊️🫧
私自身も、そうありたいと思った日の記録です✍️
