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まさひこを見に行った

私のマイブームは西村まさ彦である。
西村まさ彦とは西村雅彦のことであり、古畑任三郎の今泉慎太郎役を演じた俳優さんである。

全ては古畑任三郎シリーズを全部観てみようと思ったことが始まりだった。
古畑任三郎。
主演、田村正和。脚本、三谷幸喜。
あまりにも有名で、あまりにも馴染みがあり、好きな作品。
再放送で観た桃井かおりの「さよならDJ」、山城新伍の「魔術師の選択」。リアルタイムで観た記憶があるのはSMAP、イチロー、松嶋菜々子。
中学生の頃、TSUTAYAでビデオ(あの頃はビデオだった)を借りたスピンオフ『巡査 今泉慎太郎』

………好きだと思っていたが思い返すと数話しか観ていない。
スピンオフに至ってはなぜ当時それを借りようと思ったのか思い出せない。
しかしまぁ「今泉慎太郎」は、人生のどの時期だろうが私が好きになりそうなキャラクターだから気になって借りたとしても不思議ではない。

さて思い立って古畑任三郎を全話観た。



想像の何百倍も今泉くんのことを好きになってしまった。

今泉くんの全てが愛おしい。どこが愛おしいかは割愛するが、とにかく大好きになった。

そうなると私はキャスト追いをするタイプの人間なので、西村雅彦/まさ彦の出演作品を片っ端から見漁った。

『振り返れば奴がいる』『総理と呼ばないで』『今夜、宇宙の片隅で』『華麗なる一族』etc
『ラヂオの時間』『黒い家』『お受験』『家族はつらいよ』etc

どのドラマも映画も恐ろしいほどに好きな役どころをやっているので私はもう「今泉」が好きなのか「雅彦」が好きなのか(はたまた「三谷幸喜」が好きなのか)分からなくなった。
いや、どの役を見ても演技もビジュアルも好きなのだ。
表情がとても素敵で細やかで大好き。
特に「消えた古畑任三郎」で己のミスで古畑を地下室に閉じ込めてしまったことに気付いた時の表情の変化がたまらなく好きだ。
ちょっとした目の動き、腕の位置にいたるまで、今泉くんがどんな人間か伝わってきて大好きだ。
目だ。
笑うと目が細くなってとてもキュートなのに、冷めた目をする時の冷たさが本当に良い。
『N’sあおい』の田所先生の目を君は見たか?
声が好きだ。
のびやかに声を張ってコミカルなシーンを演じる一方、囁くような声で嬉しそうにするシーンはいじらしい。
時には穏やかな声で優しく(『のだめカンタービレ』)
時にはリスみたいな高い声でコミカルに(『ON THE WAY 道草』)
そのリスみたいな高い声で狂気的に(『黒い家』)





あぁ、想像の何億倍も西村雅彦のことを好きになってしまった。

そんなこんなで3ヶ月ほど雅彦出演作品漬けの日々を送った。ほぼ毎日我が家のテレビには雅彦が映し出されていたと思う。
そんな折、映画館で伊丹十三の『マルタイの女』を上映するというネット記事を見つけた。デカいスクリーンで雅彦を見れる最高のチャンスだ。しかも『マルタイの女』は雅彦漬けの中で観た作品の中でも大分お気に入りだったので嬉しかった。

観に行く予定を決めてちょくちょく映画館のホームページを覗いた。(上映時間がなかなか出なかったのだ)
ある日、イベントページを見るとなんと『マルタイの女』の舞台挨拶イベントが開催されるという。
そして、その、ゲストは、お分かりですね…………。

まさ彦だったのである………。

運命だと思った。
今、まさ彦は東京サンシャインボーイズの舞台中で、当然そのチケットは最近ハマった私が取れるワケもなく、なかなか生のまさ彦を拝見する機会はないなぁと思っていたがこんなにも早く……!


舞台挨拶付き上映のチケットを取り、緊張の中、毎日を過ごした。

張り切って取った


前日の夜は緊張しすぎてナーバスになった。

当日の朝、目覚ましで起きる。
あれだけ緊張してたのに「今日は労働がないからもう一眠り出来る」と寝ぼけて二度寝しかけたが、違う!まさ彦の日だ!と飛び起きた。
あらかじめこれを着ようと予定してた服を着るが気に食わない。やっと服を決めて着たらボタンがしまらない。そうだこの服は太りすぎてボタンがしまらないんだった。色々試行錯誤してるうちに出発の予定時間は過ぎる。強引に腹を凹ませてボタンを留めると家を出た。
遠くに富士山が見える。
富士よ、お前も今日という日を祝っているな。という気持ちになった。
もとより遅れがちなので余裕を持たせて予定時間を組んでいたから少し予定が狂っても問題はない。
揺れる電車の中、ひたすらぼーっとしていた。スマホをイジるキブンになれなかった。しかし緊張していたのか、ぼーっとする際に瞬きを忘れていたようで涙が出そうになる。急に電車で、それも好きな俳優に会いに行く中で涙を溢すなんて恥ずかしドラマティックすぎる。目を瞑ってやり過ごそうとした。もうイケるだろうと目を開けたら涙がポロリと出た。タオルで拭いた。なんてことはない。誰もお前のことなんて見ちゃいないのだ。

会場はTOHOシネマズ日比谷であった。
当初の予定ではカフェなどに入り心を落ち着かせてるはずだったが時間がせまっている。
近くにちょうど良い店もない。居酒屋の唐揚げランチ定食に一瞬心奪われるが通り過ぎる。
私は食べるのが早いから時間は問題ないが、なんというか、食欲が沸かない。
それでも上映中にお腹が鳴っては申し訳ないと映画館でホットドッグを買った。

ペプシとホットドッグ

思ったより小さかった。
普段の私ならもっとでっかいのを食いたいと思うだろうし、このサイズなら3分もあれば食べ終わってしまう。
ところがホットドッグが喉を通らない。ちんたらちんたらと10分かけてどうにか食べきった。これが、恋?と思った。
トイレなどを済まし、いざ座席に座る。
フカフカで何時間でも座ってられると思った。
(1時間で腰が痛くなった。体が弱過ぎる。)

『マルタイの女』の上映が始まる。
大きな大きなスクリーンに映る立花刑事(雅彦)、大好きなシーンが来る前にはドキドキした。
大きな音で観れるのも嬉しい。家だとどうしてもボリュームってちょこちょこ気になるよね。
会場のお客さんの笑い声も面白かった。そこ面白いよね、そこツボなんだ。
私はクレオパトラの舞台で立花が死んだ後にウゴウゴ動くシーンで笑いそうになったけど誰も笑っていなかったから我慢した。初見じゃなくて良かった。
刑事たちが保護対象を警護するために地上の車から2階のレストランを見張るシーンでは、見上げ続けてたから立花が首を痛めるのだが、張り切って前方の座席を取った私は同じく首が痛くなってきており愉快な気持ちになった。
作品の感想は書くとべらぼうに長くなってしまうので割愛するが、やっぱりとにかく面白かった。

そして上映が終わり、遂に舞台挨拶イベントのターンだ。
イベンターの方が出てきて軽く説明をし、そして
まさ彦が呼ばれる。
出てくる。

そこに、いる。

西村まさ彦が目の前にいる。


不思議な感覚だった。
現実感がなかった。

早々に頭のキャパシティをオーバーしてしまったのだ。

でもただただ嬉しかった。

冒頭の挨拶でまさ彦、いや、目前にするともう西村さん、なんだけども、西村さんが「多くの方がイベントに来てくださったこと生涯忘れない」と言ってくれた時、天邪鬼だからそんな大袈裟なと思っちゃったけど、思い出すとやっぱりそれはとても嬉しい言葉だ……。

少しずつ正気に戻り、西村さんを眺める。幼少期の記憶や未漁ってる雅彦は今から30年前の姿だけど、ふとした笑い声や笑顔に「そこにいるのは西村雅彦だ」とジワジワと実感が湧いた。

西村さんの言葉を頭に刻んで、あますことなく覚えていようと眺めた。
そうだ、何よりも好きな目は……

メガネの反射でほとんど見えなかった。横を向くと智(眼鏡の端っこ)がキラリと光を弾いて眩しく感じる。見えないけどまぁいい、伝わってくるよ、その真摯さ、お茶目さ……。

身長が高くて足も長いところも好きなんだけど、座っていても姿勢が良くて足が長い。
茶色い革靴はピカピカに磨かれている。
なんだかその革靴がやけに頭に焼きついた。

イベンターさんの質問に西村さんは、「当時は今よりも周りが見えてなくて、期待に応えられるようやるのでいっぱいいっぱいだったからエピソードを覚えてない」とおっしゃった。
イベントの質疑応答を台本で用意することも出来たろうに、時には時間をかけて答えを出していた。
私はそういう時にテンパってしまうので一瞬が何秒にも感じられた。

西村さんは当時のいっぱいいっぱいだった自分を「愛おしい」と表現した。
笑顔とあいまって、すごく温かかった。
私が今、夢中になっている「雅彦」のことを「まさ彦」がそう言ったのがとても嬉しかった。

同じ空間で同じ時を過ごして、西村さんの言葉に笑ったり、拍手したり、最後ドアの向こうに西村さんとサプライズゲストの宮本さんが消えてくまで本当に幸せだった。
(宮本さんのお話はまたいつか、とても良かった)

終わってから、どうして忙しい中、エピソードをあんり覚えてないのに出てくれたんだろうかと思いながら帰路に着く。緊張から解放され帰りの電車ではウトウトとした。

家に着くと、今日のことがまたフワフワと離れていく。この目で確かに西村さんを見ていたのに……。
ぽーっとした頭であまり思い出せないまま、舞台挨拶の様子がノーカットでYouTubeに上がっていたので見た。
YouTubeでは目が良く見えたし、回答にかけた間なんてそんな気になる長さじゃない。
飛び飛びに覚えていた言葉は見返して、ああそうだこういう流れだったと思い出す。
自分の記憶はとてもあやふやだった。
でも、あんまり覚えてないということは、別に悪いことじゃないんだなと思った。
かなり状況は違うし比べるなという話だが、私にとって舞台挨拶を見ることは緊張と夢中の連続だった。だから記憶も白飛びしてしまうというものだ。
今は頭にこびりついて、思い出す度にこの目で西村さんを見たのだと実感&幸せにしてくれる声や仕草、眼鏡の反射や革靴の輝きも、いつか忘れてしまうかもしれない。

それでもこの舞台挨拶を見れたことは一生の思い出になるだろうし、もし30年後にこの舞台挨拶の舞台挨拶に呼ばれたら何も思い出せなくても出るだろう。
とにかく特別なんだから。

西村さんにとっても『マルタイの女』は特別なのかもしれない。
そう思うと舞台挨拶に出てくれたことは愛なんだなと思った。

まさ彦が「雅彦」を、『マルタイの女』を愛してる、こんなに幸せなことはないや。

まさひこ、ありがとう、愛してる!!!!


今日もまた我が家のテレビは西村まさ彦を映してる。

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