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B.21 記事にして 過去を顧み 思うこと 

二度目のうつ病になった方からコメントをいただき、昔の自分を思い出しました。

私も二十代後半から十年ほど、思い悩んだ時期があります。

ただ、その頃の苦しみは、自分や他人への怒りではありませんでした。

人はなぜ存在するのか。

社会とは何なのか。

そんな構造そのものを考え続けていたように思います。

今振り返ると、環境が変わるにつれて、その思いは少しずつ薄れ、いつの間にか消えていました。

人の意識は、思っている以上に環境の影響を受けるものなのでしょう。

今日も記事を書いている途中で、思わぬ出来事がありました。

愛用しているiPad miniが突然フリーズし、書いていた文章の一部が消えてしまったのです。

『note』は自動保存されることが多いのですが、今回は三百字ほどが消えていました。

最初は少し驚きました。

しかし、起きてしまったことは変えられません。

だから、そのまま書き直しました。

すると、不思議なことに、最初よりも良い文章になったような気がしました。

この出来事も、私には一つの確認になりました。

大切なのは、何が起きたかではなく、それをどう受け止めるかです。

受け止め方によって、その先は大きく変わります。

もちろん、人によって受け止め方は違います。

同じ出来事でも平気な人もいれば、大きな苦しみになる人もいます。

だから一つの正解はありません。

ただ、私自身は、できるだけ早く切り替えることを心掛けています。

若い頃から、大きな決断でも比較的迷わず行動してきました。

周囲が驚くようなことでも、自分で納得すれば前へ進めました。

今思えば、それが私の性分なのでしょう。

人生は、小舟で海を渡るようなものだと思っています。

穏やかな日もあれば、荒れる日もあります。

その波を止めることはできません。

しかし、舵だけは離さない。

それだけは、自分で決められます。

上杉鷹山の

「なせば成る なさねば成らぬ何事も」

という言葉があります。

私は、この言葉を「必ず成功する」という意味ではなく、

「自分で舵を握り続けること」

として受け止めています。

人生には思いどおりにならないことが数多くあります。

だからこそ、起きた出来事を受け止め、また漕ぎ始める。

それが、私なりの歩み方なのだと思っています。



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