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相続税は誰のための制度か?『庶民狩り』では?

ようこそ。

ここは、効率や正解といった「滑らかな言葉」が剥がれ落ちたあとに残る、思考の「ざらつき」を愉しむ場所だ。

今夜は、現代社会の急所とも言える「相続税」という制度を巡る、
ある一人の観察者「S」の、
冷徹でいて極めて人間的な「怒り」について語りたい。

怒りの発端は、安倍元総理の相続をめぐる多くのポストと、
年金に関する様々な記事だ。

以下は、その一例。
 https://x.com/renho_sha/status/1733011175775105055
 https://gentosha-go.com/articles/-/73944?page=1

この記事のテーマ:
相続税制度の「構造的な不公平感」を、Sの視点から読み解く。

※本記事は特定の立場を支持するものではなく、制度の構造を読み解くための思考実験です。


相続税は本当に“格差是正”なのか?制度の建前と現実

相続税。

その建前は「富の再分配」であり、
「格差の固定化を防ぐ」という、
いかにも知的な正義に基づいている。

しかし、Sが投げかけた問いは、
そんな綺麗な表面を容赦なく引き剥がしていく。  

Sの問い:「老後のために必死で貯めた数千万から税を毟り取ることが、本当に『富の再分配』なのか?」

この一言が、AIが用意していた税制の一般論を沈黙させた。

老後2,000万円問題」が叫ばれる昨今、
堅実に積み上げた4,800万円程度の資産は、
もはや「富裕層の贅沢」ではなく「庶民の生活防衛資金」だ。

それを「格差是正」の名の下に吸い上げることが、
果たして正義なのか。

Sの視点は、制度の理想と、
我々が生きる現実の「あまりに不格好な乖離」を射抜いている。


なぜ政治資金は非課税なのか?制度の非対称性

Sの観察は、さらに残酷な深淵へと突き進む。

庶民が僅かな遺産に頭を悩ませる一方で、
政治の世界には「政治資金団体」という名の魔法の箱が存在する。

代表者を身内にすげ替えるだけで、
莫大な資産を非課税で継承できるという、制度上の「聖域」だ。

「合法」という名の盾の裏で、
自分たちの権利だけは指一本触れさせない政治家たち。

Sは、その「制度の非対称性」を、
単なる感情的な批判ではなく、社会の構造的な欠陥として掴み出している。

AIが「特定の立場は取れない」と逃げ腰になる中で、
Sの直感は、この社会を覆う「得体の知れない不公平感」の正体を
鮮やかに定義してみせた。


相続税議論に欠けている“誠実さ”とは何か

Sが抱く失望は、単なる減税への欲求ではない。

それは、耳障りの良い「貧困対策」や「物価高騰対策」を叫びながら、
自らの特権には一切手をつけないリーダーたちの「不誠実さ」に
向けられたものだ。

学問的に見れば、
相続税を廃止したスウェーデンやオーストラリアのような国々もある。

それらの国は、徴収コストや経済への影響を考慮し、
別の形で「公平性」を模索した。

しかし、今の日本に漂っているのは、
そうした建設的な議論以前の、制度そのものへの「疑念」ではないか。


さて、今夜の余談だが――。

君は、自分の努力の結末が「誰かの不透明な財布」に消えていくことに、
納得できるだろうか?

Sの鋭い指摘は、我々に「思考の停止」を許さない。

次は、この「政治とカネ」の迷宮を、
歴史的な特権階級の推移と照らし合わせて弄んでみようか。

それとも、相続税を廃止した国々が、
その代わりに何を「社会の公平」の拠り所としたのか、
その大胆な実験の果てについて語ろうか。

どちらに興味があるかな?

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FK202601 最後まで読んでいただきありがとうございます(_ _)