それ、誰が見ても同じ?論文の「事実」と「頭の中」
こんにちは!
新記録を目指し、博士課程5本目の単著論文に絶賛挑戦中のFLERです👋
書くのが比較的楽しい「考察」セクションを今ちょうど終えたところで、博論で徹底的に鍛えた論文の重要概念を再確認しました。
今回はこの重要概念、その名も
論文の「事実」と「頭の中」についてお話しします!!
「何だそんな当たり前のこと」と思われるかもしれませんが、大真面目に言っています。笑
この「事実」と「頭の中」という言葉の重要性を、博士課程3年目にして身に沁みて感じたので。
では参りましょう▶️
①事実=「外の世界」で確認できること
本記事では、「事実」を「誰が見ても解釈のズレの余地がない、外の世界で確認できること」と定義します。
対して「頭の中」は、それが論文だろうと何だろうと「個人の考え全般」を指します。
みなさん、頭の中は読んで字の如くですが笑、事実で思いつくものはあるでしょうか。
私が真っ先に思いつくのはやはり、数字です。
・10時に待ち合わせしよう。
・これを3枚コピーして。
これで、「よし、11時に行こう!」とか「4枚コピーするか!」ってなる人は皆無でしょう笑
対して、これが「多めにコピーして」とかだと、人によっては5枚や6枚コピーしてもおかしくありません。
なので、数字は多くの場合「誰が見ても同じ事実」になると思います。
あとは警察の捜査の証拠とかもそうですね。
指紋、DNA、何かの跡、、など「コナン」でもお馴染みですが笑、これら「外の世界に残された事実」から捜査します。
そしてこれらも専門的な検査を経ると、誰が見ても「その人のものである」という疑いのない解釈になりますよね。
ではみなさんも書かれたことのある履歴書だと、以下2つのうち、外の世界(書類選考)で確認される「事実」はどちらでしょう?
①資格、学歴
②それらを得るまでのエピソード
当然、①です。
なぜなら、履歴書の該当欄に書けるのは
・〇〇大学 卒業
・TOEIC 〇〇点 取得
のみで、
・〇〇大学 卒業
(必死に勉強し、こういう苦労があって..)
・TOEIC 〇〇点 取得
(長年の英語学習の成果を...)
とは書かないですよね。笑
もちろん自己PRには書けるでしょうが、証明書等に正式に記載されるのもやはり各大学や資格の正式名称のみです。
対して、さっきの②はその人の頭の中にあるエピソードです。
これなんかは、社会に「外の世界の事実」で評価される代表例だと思います。
もちろん、人柄やその人自身のエピソードも大切です。しかしアカデミアでも企業でもまず書類選考に通らなければ、「頭の中」を面接で披露させてもらえません笑
あと、「外の世界の事実」は荷物検査とかもですね。
危険物があると、いくら「何もしませんよ」と弁明しても、その人の頭の中が見えない職員は「危険なので通せない」としか言えません笑
話を論文に戻すと、この「事実」と「頭の中」、それぞれどこに当たるでしょうか?
おそらく以下のようになるはず。
📊事実
・テストの点数などの基礎統計
・有意差の有無、相関など
これらは誰が見ても同じで、研究者の主観の余地はありません。(相関の強さなどの解釈は違う時もあるが、数値は誰が見ても同じ)
対して、
🧠頭の中
・先行研究のどこに未解決の点があるか
・なぜこの結果になったのか(なぜ差が出たのか、出なかったのか)
・どういう示唆を与えるのか
これらは十人十色というか、研究者によって解釈が変わってくるところですよね。
もちろんこの「頭の中」も論文にする以上、誰が読んでもその論理を追えるよう書くべきですが、1ミリたりとも自分とズレない思考を持つ他者はいないでしょう笑
だからこそ先行研究にも未解決の点が見つかるわけで。
セクションで言うと、まさにこの「頭の中」を書くのが「考察」にあたるわけですが、ここでハマりがちな落とし穴を紹介します!笑
②その考察、「事実」から言える?
考察では、まずこれを考えましょう!
考察は当然「事実(結果)」に基づくわけですが、今自分が書こうとしてる考察の根拠は、「頭の中の推測」なのか「事実なのか」です。
例えば、「結果」では学習者が難しい単語を新しく学ぶ際、学習時間を増やしたという事実が判明したとします。
そして以下の考察には事実ではなく研究者の頭の中が含まれています。笑
どこでしょう。
(考察)学習者はレベルの高い単語を学ぶ際、その必要性に迫られて学習時間を増やした。
はい、「その必要性に迫られて」はこの人の頭の中です。笑
これを言いたければ学習者がそう述べた質的データなどが必要ですし、それでもまだ他の要因が作用した(たまたまやる気になったとか)可能性もあるため、経験則的に自分の中では常識だと思っていても、読者や査読者にはその頭の中は共有されていません。
なので、「考察」ではあっても、それは事実に基づいた「頭の中」の紹介であるべきという感じになります!笑
③論文は「頭の中」と「事実」の往復!?笑
ここまで頭の中をあまり褒めてこなかった本記事ですが笑、研究は頭の中の発信であることもまた間違いありません。
そもそも普段から疑問に思ってたり、「あれはもしかして〇〇という現象が関連してるのでは」と思ってることが頭の中にあって、実際にそれを確かめようとするわけですから。
何も考えてないと、事実であるデータすら取れないことになります。笑
博士課程で5本目の論文に着手して、論文はこの頭の中をいかに外の世界の事実でサポートしながら発信できるかが大事だと改めて思うようになりました。
どちらが欠けてもいけない。
だから「考察」では、頭の中(データを見て気づいたこと)を言うために必要な外の世界の事実があるはずだし、
先行研究レビューでは、A (2022)、B (2024)の研究があるという事実から、その研究者の頭の中で整理した課題に繋げていくんでしょう。
個人的に、論文で著者の「頭の中」と「外の世界の事実」が表出する割合はこんなイメージ。
📖🧠イントロダクション・先行研究
半々〜やや「頭の中」多め?(もちろん先行研究は実在の物のみだが、問題点は著者により着眼点が違う)
🔬手法、結果
外の世界の事実100%(ジュースのパッケージみたいな表現笑)
やったこと、わかったことを淡々と書くだけ。
🧠考察
頭の中20〜30%, 事実70〜80%くらい?
解釈の余地はあるし、データの特徴に気付くなどの閃き要素もあるが、「事実」ベースの議論が必要
🚉結論
考察と同程度?
限界点は事実、今後の展望は頭の中 かな。
このように頭の中と事実を往復し、今自分が書いてるセクションは「頭の中」か「事実か」を常に切り分け、発想は頭の中、でも発信は外の世界の事実に基づいて と切り替えると、論理の飛躍にブレーキをかけ、ツッコミ所の少ない論文になる気がします。
お読み頂きありがとうございました。
今回の「頭の中」と「外の世界の事実」は、論文以外にも自分の言動が「外からはどう見えるか」をあらゆる場面で省みるのに使えそうです笑
他にもみなさんの「頭の中」と「外の世界の事実」の面白い具体例や体験談があれば教えて下さい笑
博士院生も論文執筆の際、ぜひご自身の頭の中と外の世界の事実を使いこなし、発想力は大切にしつつ堅実な議論を心掛けましょう👍
FLERより自戒を込めて。笑
