背伸びをたのしんでみる~『プレイフル・シンキング』の感想レポート~
私は普段、人と話す時はそこまで緊張しない。でも、なぜかラジオでマイクを前にすると、急に“ちゃんとした人”になろうとしてしまう。
「ちゃんと話さなきゃ」
「変なこと言っちゃダメだ」
「うまくまとめなきゃ」
そんなことばかり考えてしまい、頭の中でずっと言葉を選んでいた。たぶん私は、“正しいこと”を言おうとしすぎていたのだと思う。言っちゃいけないことがある気がしていたし、変に思われたくなかったし、自分を少しでも良く見せようとしていた。だからこそ、話せば話すほど、自分の言葉じゃなくなっていく感覚があった。
プレイフル・シンキング を読んで、私はこの感覚を思い出した。この本の中で語られていた「プレイフル」という言葉は、ただ楽しくふざけるという意味ではなかった。不安や失敗も含めて、その過程を面白がりながら、まずやってみる姿勢のことなのだと思う。
本を読みながら私は、「プレイフルに学ぶ」という姿勢は、ストレッチ経験とも深く関わっているのではないかと感じた。ストレッチ経験とは、自分にとって“できるかできないかギリギリ”のことに挑戦する経験である。でも、それはただ無理をすることではない。結果ばかりを気にするのではなく、その過程を楽しみながら挑戦することが大切なのだと思う。そして私は、この考え方がゼミでのラジオ制作と重なって見えた。
でも最初の私は、その“過程を楽しむ”ということが全然できていなかった。失敗しないことばかり考えていたし、「ちゃんとやらなきゃ」と力が入っていた。でも、ゼミにはずっと、「失敗していいよ」という空気があった。先生もよく、「君たちの失敗なんてたいしたことない」「僕がカバーするし、始末書なんていくらでも書くよ」と言っていた。最初は半分冗談みたいに聞いていたけれど、その言葉には、「まずやってみなよ」というメッセージが込められていたように思う。
実際、ラジオ収録でも噛むことはあるし、話がまとまらなくなることもある。でも、そのたびに「じゃあ次どうする?」とみんなで笑いながら話していた。その時間を重ねるうちに、私は少しずつ、“失敗しないこと”より、“まずやってみること”の方が大切なのかもしれないと思うようになった。
以前の私は、ストレッチ経験とは、「苦しくても頑張って乗り越えるもの」だと思っていた。でも今は少し違う。もちろん難しいし、不安になることもある。でも、難しいからこそ悩むし、悩むからこそ工夫する。そして、その試行錯誤の過程にこそ面白さがあるのだと思うようになった。失敗したことも、「じゃあ次はどうする?」を考える材料になる。だから最近は、失敗しても以前ほど落ち込まなくなった。
また、この経験を通して私は、「安心して失敗できる場」があるからこそ、人はストレッチ経験に挑戦できるのだとも感じた。もしラジオ制作が、少しのミスも許されない空気だったら、私はきっとここまで挑戦できなかったと思う。うまく話せなかったとしても、「それもその人らしさだよね」と受け止めてもらえる感覚があったからこそ、私は少しずつ「ちゃんとしなきゃ」という気持ちを手放し、自分の言葉で話せるようになっていったのだと思う。
私はこの本を読んで、プレイフルに学ぶということは、完璧を目指すことではなく、不完全なままでもまず飛び込んでみることなのだと感じた。そして、その挑戦を一人で抱え込むのではなく、人と一緒に試行錯誤しながら進めていくことが、ストレッチ経験を前向きなものに変えていくのだと思う。だから今は、失敗する瞬間すら少し楽しめている気がしている。笑
