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This Is What You Are


まず最初に。
これから書くことは重く考えなくていい。
ただ、そういうこともあるんだなって感じで読んでくれたらいい。
たぶん、自分でも書く前から「これは想像できない体験だったな」と思ってる。

ある日、普通の生活が一気になくなった。
仕事も家も、お金も人間関係も。
映画みたいに「一瞬で終わった」って感じ。
想像できる限りの悪いことが、同時に起きた。
笑えるくらいに。

最初は何が起きたのか分からなかった。
でも現実は待ってくれないし、感傷的になってる余裕もない。
普通だったら、「どうにか生きるために調べて、動いて、なんとかしようとどれだけ方法を探しても、心の中の穴は埋まらなかった。自分が誰なのか分からなくなって、孤独と虚無感で、気が気じゃなかった。」なんて思うんだろうなって非現実的すぎて自分のことを客観視していた。

「なんとかなる」って言葉があるけど、あれって信じてるうちはいい。
でも実際になんともならなかったとき、あの言葉がどれだけ脆いか思い知る。
根拠のない自信なんて、いとも簡単に剥がれ落ちる。

不思議なことに、全部を失っても残るものがあった。
それは、これまで生きてきた中で、無意識に積み重ねてた経験とか、ちゃんとした関係を築いてくれた人たちとか。
そういう目に見えないものが、自分の中に残ってた。
気づいたとき、少しだけ安心した。
「自分、まだ大丈夫かも」って。



自分で店を運営していた時、音楽をやってる知り合いに言われたんだ。

「ジャズ聴くならこの人聴き心地いいし店に合う、入りやすいやつあるよ。
Mario Biondiの “This Is What You Are”。」
 
正直、そのときジャズなんて興味なかった。
でも気晴らしになればと思って聴いてみた。
イントロのリズムが流れた瞬間、空気が変わった。
まるで、ずっと曇ってた部屋に日が差すみたいな感じ。
 
低くて優しい声。
包み込むようなベース。
軽快なのに、どこか温かいリズム。
全部が心地よくて、気づいたら何度も、最後まで聴いてた。
何回も聞いてるうちに理由なんて分からないけど、救われた感じがした。

“This Is What You Are”ってタイトル。
意味を調べると「これが君という人なんだ」。
すごくシンプル。
でも、その裏に「そのままでいいんだよ」っていうメッセージがある気がした。
それが、あの時の自分にはたまらなく沁みた。

人って、うまくいかなくなると自分を責めるじゃない?
「あのときこうしてれば」とか「もっと頑張れた」とか。
でもこの曲を聴くと、そういう焦りが少し溶けていく。
「それでも君は君だよ」って、優しく言われてるみたいで。
古い友達に背中を軽く叩かれてるような、そんな感覚。

屋上が好きだ。
理由はよく分からないけど、あそこにいると落ち着く。
上でも下でもない、中間の場所。
現実と非現実のちょうど真ん中にいる感じ。
誰にも見られず、何者でもなくなれる場所。
そこにイヤホンを持っていって、この曲を流す。
風が吹いて、夜景がちょっと滲んで、音が心の奥まで入ってくる。
その瞬間だけ、世界が少し優しくなる。

この曲を教えてくれた友達には、今でも感謝してる。
特別に仲が深いとか、そういう関係じゃない。
でも、不思議と信頼できる。
「この人が勧めるなら間違いない」って思える人。
そういう人って、人生でそう多くは出会えない。
音楽を通して、改めて「人とのつながり」みたいなものを思い出した。

音楽って、曲だけじゃなくて“誰から教わったか”で印象が変わる。
この曲を聴くたびに、その友人の顔が浮かぶ。
だから、この曲はもうただの音楽じゃない。
友達みたいな存在になってる。
多分、一生聴き続けると思う。

もし今、何かを失って苦しい人がいたら、
この曲を聴いてみてほしい。
難しいことを考えず、ただ音に身を任せてほしい。
“君は君のままでいい”って、音が教えてくれるから。

今日も寒空の下で風に吹かれながら、
Mario Biondiの “This Is What You Are” を聴いてる。
あの頃より少しはマシな生活になって、
でもたぶん、あのときと同じようにこの曲に救われてる。

ウチヤマヒロマサ

♪This Is What You Are / Mario Biondi