キャリアコンサル-心音のノート 第7話
相談者 佐藤美咲のコンサル
ミドルノート
「それ、よく使ってるんですね」
心音の視線が手帳に落ちると、佐藤は少しだけ照れたように笑った。
「はい。ずっと持ち歩いてます」
そう言いながら指先で角をなぞる。少し丸くなったその感触がなぜか落ち着いた。
手帳は昔から好きだった。持っているだけで少し気分が上がる。
新しいページを開くだけで、何かが始まりそうな気がする。理由なんて考えたことはなかったけれど、たぶん、好きなんだと思う。
気がつくと、佐藤の意識は少し前の記憶へと沈んでいく。駅前のショッピングモール。特に目的があるわけでもなく、ふらっと立ち寄る場所。その中にある文具店は昔から好きだった。カラフルなペン、整然と並んだノート、手書きのポップ。
「これ、かわいい!」
「おすすめです!」
そんな言葉たちがどこか楽しそうに奏でる。見ているだけでも、店にいるだけでも、少し明るくなれる場所だった。隣には化粧品コーナーもある。新しい色を試しながらぼんやり考える。
“今日は、どんな顔で仕事しよう”
そんなことを考える時間も嫌いじゃなかった。そして、いつも最後に戻ってくるのは文具だった。
手帳とペン。それだけは必ず手元に置きたかった。美咲の好みはフリクションペン。これを選ぶことが多いかな。書いて消してまた書ける。間違えてもいい気がして少し気が楽になるから。でも、ときどきカラフルなペンも使う。ページの端にちょっとした絵を描いたりする。
電話をしながら無意識に手を動かす。話の内容とは関係のない小さなイラストが自然に表れる。気がつくと、好きなものばかり描いている。それは花だったり、食べ物だったり、なんとなく安心する形のもの。それを見て少しだけ落ち着く。
どうしてだろう。考えたことはなかった。ただ、そうしている時間が、
好きだった。
「…買い物、行きませんか」
心音の声で意識が戻る。
「え?」
「疲れたし、一緒にショッピングモール行きませんか?そしてどこかでおいしいカフェにでも行きましょう。」
気がつくと佐藤は頷いていた。
夕方のモールは少しだけ人が多い。でも、不思議と疲れは感じなかった。
「買い物してると、疲れ取れるんですよね」
歩きながら佐藤はそう言った。
「へえ、どうしてですか?」
「うーん…、楽しいから、ですかね」
自分でも少し曖昧な答えだった。
たくさんの色どりあるモールを歩いていくと、明るく光りが差し込む文具店が目に入る。お店に入ると空気が変わる。
「これ、かわいいですね」
心音が手に取ったのは淡い色のノートだった。
「いいですね、それ。その色、落ち着きますよね」
自然と会話が弾む。
「このペン、書きやすいですよ」
「ほんとだ。あ、でもこっちもいいかも」
気がつくと二人は別々の棚を見ていた。それぞれが、それぞれの“好き”に引き寄せられていく。
しばらくしてまた同じ場所に戻る。
「美咲さん、さっきの手帳の話なんですけど」
「はい」
「誰に向かって書いてる感じがしますか?」
その問いにすぐには答えられなかった。ページをめくる。そこには整っていない文字と、自由な線で描かれた小さな絵。
「…誰にも見せないんですけど」
ぽつりと言葉が落ちる。
「でも」
少し間を置いて佐藤は続けた。
「なんか…、聞いてくれてる感じがするんです」
その瞬間だった。音の視線がわずかに変わる。
「それって、誰ですか?」
佐藤は答えられなかった。
けれど、さっきまでとは違う“何か”が胸の奥に触れていた。文具店の明るい光の中で、彼女の目がほんの少しだけ揺れる。
まだ言葉にはならない。けれど確かに、そこには “誰か”の気配があった。
