巽くんと今日子さん 第2話
第2話 梅子さん
8月
新札発行から一か月が過ぎた。
北里さんー新千円札ーが普段の生活にお目見えすることが増えてきたけど巽くんにもらったお札は封筒に入れたまま。そんなある日、始業前に巽くんがやって来た。
「今日子さん。五千円の新札はもう見ましたか。」
そういえばまだ見てない。見たという話も聞いてない。
「まだまだです。」
そう答えた先にいる巽くんはにんまりと口の端を上げたまま、弾むような声で言う。
「今日巡ってきたんですよ。あとであげますね。」
「わぁ!ありがとうございます。」
つられて即答してしまった。
けど、良かったのかな。
初めての新札、偶然舞い込んできたら私はきっと珍しさで財布に入れたまま使わずに入れておくだろう。巽くんはこんなにすぐ手放していいのかな。
休憩が終わり今度は本人が直接持ってきてくれた。
「はい、これ。もうそのまま渡しますね。今日もらったとこで新札じゃないですけど。うん、折れてない、キレイです。」
なんでもコンビニでお釣りで貰って、うおー、と嬉しくなったんだとか。手渡してもらった新しい五千円札は梅子さんのホログラムが角度を変えてもこっちを見てる、手毬もキラキラと光っててキレイ。上に持ち上げて透かしてみながらそんな感動を伝える。
「巽さんはしっかり見ました?頂いてほんとにいいんですか。」
「大丈夫ですよ。新札にはそんなに興味ないですし。これから出回ってきたときにまた見ます。」
「だからこれは今日子さんにあげますね。」
また、あ·げ·ま·す 、だ。
家でまだ封筒に入ったままの北里さん-新千円札-をくすぐったく思い出す。
「あとで交換でお返ししますね。」
「いつでもいいですよ。」
あっ、しまった。
言ってから今日は1万円をお財布に入れてきたんだっけ、と思い出す。甘えて後日お渡しとさせてもらう。
帰り道、買い物で寄った先のセルフレジに一万円札をゆっくりと投入する。
『どうかキレイな五千円が 出てきますように』
願いが通じたのか、機械からシュッと出てきた五千円はシワひとつないキレイな梅子さんだった。
今、手元には二枚の新五千円札、二人の梅子さん。
巽くんの梅子さんと
わたしの梅子さん
同じ日の梅子さん だけど違う梅子さん
両方AAから始まる番号、ピカピカの第一刷目だ。将来価値があがるかも知れないから手元に置いて置くといい、なんて降谷さん言ってたっけ。それにゾロ目みたいで運だっていい気がする。こんな幸運独り占めなんて出来ない。ダブルAの梅子さんの1枚は巽くんが持っていて欲しい。
でも、どっちを?
これが本のようにれっきとした所有物なら、別ルートで手に入りましたので、とお返しするのが当然の流れというもの。
でもお札って、誰のものってわけではないわけで、でも
このお札に関しては『今日子さんにあげます』と私のモノになったお札なわけで。それをそのまま返すのはせっかくの好意を無にするよう。
ここはやっぱり交換がいい。
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ゴソゴソと封筒を探す
なるだけ厚くて中が見えない封筒を
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巽くんに新札の五千円を譲ってもらって代わりの五千円を渡そうと思ったら私の元にも新札が巡ってきた。
お札だけを渡したらそのまま返されたと思うよね。私も手に入りましたのでというと、いらなかったかな、なんてガッカリするかも知れないし。
うーん、どうしたものか。
考えながら、封筒の入った引き出しの中を探す。
うん、これがいい、中が透けない厚い紙の封筒だ。
それに厚いクラフト紙でできたメッセージカードをつけよう。サッパリしてて分量もちょうどよく、メモして渡せば誤解もきっとないだろう。
金曜日、帰りに買い物したら、
おつりで私のとこにも巡ってきました。
梅子さん 交換でお返しします。
メッセージ、あっさりしすぎてるかな。
よしっ、と梅子さんのイラストを描いてみる。
『ありがとうございます。』と吹き出しをつける。
ついでに、『似てませんねぇ』
と書いて、まる『よ』とサインを入れる५✍
横手 今日子
苗字のまる『よ』
分厚い封筒に入れたら恥ずかしくもない。
イタズラを仕込んだでワクワクする。そんな気持ちも悟られないように、あっさりと、さりげなくお返しする。
「あっ、今日子さん」
次の日、巽くんがすれ違いざまにいう。
「お手紙もありがとうございます。」
お手紙だなんて落書き付きのメモをオーバーな。
「ありがとうはこちらの方です。」
メモは我ながら小学生みたいだ、と可笑しくなる。
「良かったらLINE交換しましょう」
ええーと、
交換ね、交換。
こ·う·か·ん !?
落ちつけ今日子。落ちつくんだ。
シフト調整はショートメッセージのやり取りだけど、こういうやり取りはLINEがいいか。巽くんは律儀だからへんに手書きのもの渡して気を使わせてしまったのかもしれない。
「いいですよ」と答えたら
「じゃあ、あとで!」とホールに向かっていった。
「今ですよ」
交代時間、他のバイトが少なくなったときに巽くんがスマホを持ってやって来る。
私は同じくスマホを手にしてまごまごしている。
「ここの、このマークからQRコード読み取って、あとは" あ "でもいいから送って下さい。」
というので、慌てて " よ " と送る。
横手の 『よ』
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交換 交換
交換しただけ
交換して何日も経つのに
トークルームには
『 よ 』 だけが浮いている
交換ならフィフティ、フィフティ
なのに巽くんの水槽に
ポチャンと入ってしまったよう
入った拍子にぷくっと泡ひとつ
泳ぎ方も忘れてしまって消えてしまいそう
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トークルームを覗きにいってなんだか可笑しくなってきた。こんな状況面白すぎる。そうだと思いたって一文字ずつ打ち込んでは送っていく。
『 ろ 』
『 し 』
『 く 』
トークルームに、縦に
よ
ろ
し
く
と並んだ。
よし、完成。
ミッションコンプリート、ああ、スッキリした。
やっぱり水槽意識しちゃうけど気にしないでいよう。
私はこんな魚です。
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なんのはなしですか
8月 巽君と今日子さん 新5000円札のエピソード
昨年(2024年)7月25日から10月26日まで投稿した巽くんと今日子さんのショートストーリーを加筆修正して再掲しました。お話途中までだったので、もう一度最初から推敲しつつ、最後まで書き上げたいです。
第3話は来週2月16日(日)に投稿します。
前回もお読み頂いた方、今回はじめましての方、読んで頂いて嬉しいです。
ありがとうございます。
途中まででストップしてたお話。
(下書き稿として置いておきます。)
