私の音楽遍歴:音大に行きたい!と思った件 後編(^^;)

Aloha!

↑はギャラリーからお借りしているイメージ画像です。
お世話になっております。
アニメ風の画像とかを載せて、いい歳してロリとかアニオタとか思われたらイヤなので(^◇^;) 

さて、前回は、

音大に行きたい!
でも、浪人を何年もしなくちゃならない様子だ、、、

と言う状況で、親に話したら

浪人しないで、ひとまず普通の大学に入って欲しい。
その後はやりたいことやっていいから。

みたいな話になったところまででした。

で、そのときの私の単純明快な結論。

わかりました。そうします。
引き続きサポートよろしくお願いします(って、言ったかどうかは定かで無いです(^^ゞ)。

(^_^;)なんと単純明快な結論だこと。

結局、ただの物わかりのいい長男だったってこと。
面白くもなんともないですね(x_x)

しかし、そのときには気付かなかったけれど、
うちの親は考えて無さそうで、実は考えてたんじゃないか?
と思ったりする。

親には見透かされていたんじゃ無いかってこと。
それは、途中であきらめるんじゃないかって、、、
まぁ、今となっては知りようが無いんですが、、、

でもまぁ、そのときは音大受験に向けて一歩を踏み出していました。
それは、

フルートの先生を変えるということでした。

これは、前編で書きました中学の吹奏楽部のH本先輩(藝大のクラリネット科)から紹介された先生に変えることになりました。

またまた思っちゃったけど、まずはそれまで習ってるフルートのW辺先生に相談するべきだったんじゃ無いのかなぁ(・_・)

W辺先生とその頃なんかあったっけかなぁ?思い出せませんが(^◇^;)

紹介されたのは、ドイツ帰りの「I部先生」です。
「I部先生」ドイツのフライブルクの音楽学校で、「オーレル・ニコレ先生」のクラスだったんですって。

ということは、「オーレル・ニコレ先生」の孫弟子ってことじゃん、
オレ(・_・)すげぇ

「オーレル・ニコレ先生」は「ランパル先生」と同時代の巨匠として双璧をなしていて、ベルリンフィルの首席奏者だった方です。

ベルリンフィルの現在の首席の、「エマニュエル・パユ」もニコレ先生に師事してたんですよね。たしか(^^ゞ

さて、「I部先生」のレッスンに通うようになった高校三年生の私。
まずは、とにもかくにもフルートの技術をしっかり向上させていくぞぉ!
とはりきっておりました。


しか~~し、親との約束の、普通の大学に進学すること、が実現できるかどうか微妙であることにそのときは気が付いていなかったのでした。

Mahalo!

次回、普通の大学に行けるでしょうか?


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