私の音楽遍歴:高二・フルートも吹いてるよ(^0^;)

Aloha!

PROLOG
この物語は、コンクールの華やかな受賞歴とは縁遠い、世間一般にどこでもある学校の吹奏楽部出身の音楽好きのじいさんの音楽遍歴(変歴?)を記したものである。

なんて、タッチを変えてみたりして(^^;)
そもそも高校時代にはコンクールに参加してなかったから、
縁があるはずもなし(^^ゞ

それでは、張り切っていってみましょう(^_^)/


前回の投稿で、高校二年の文化祭で、指揮をすることになったことを書きました。

その頃もフルートの個人レッスンには並行して通っていました。
でも、一年生の時に比べると通う頻度は低くなっていたかと思います。

当時、先生はアルテの二巻を進めることにはあまりこだわっていなかった記憶があります。
ケーラーの練習曲の方を進めていたと思いますが、、、少し記憶が薄いです
(^^;)

そんな中でも、高校二年の時も発表会があって、

J.S.Bach作曲のフルートとチェンバロのためのソナタ Es Dur  BWV.1031
を演奏しました。でも、1,2楽章だけね(^0^;)微妙だね。

第二楽章がシシリエンヌでキレイなメロディーです。少し悲しげかな。
ご存知の方もいらっしゃると思います。
でも、この曲はJ.S.Bachの曲では無いようですね。

そういえば、前の年の発表会で吹いたカルメンの間奏曲もEs Durだったなぁ(^^)
そのときよりは落ち着いて吹けてたかどうかは謎ですが(^0^;)

実はその頃から私の中に芽生えてきたものがありました。

それは、恋心、、、


ではなくて、音楽家への憬れ

音楽家への憬れ、それはすなわちフルートの演奏家になりたいという気持ちでした。

それは、東京藝術大学に進学した先輩、浪人しても目指している先輩を身近に見ていて、音楽学校に進学することでプロの演奏家になることを現実的な夢として見始めていたのでしょう。

しかし、今から思えばちゃんちゃらおかしい話で、甘ちゃんの若気の至り以外の何物でもありません。

音楽大学に行くために必要なこともろくに知らない、いくらかかるのかも知らない、卒業後の音楽家としてやっていくことの厳しさもまったく知らない。
そもそも、東京藝術大学の受験レベルに必要なフルートの技量すら知らなかったんですからねぇ。

ただ単純に、華やかな職業としてのフルート奏者の姿しか思い描けなかったのですからね。

人よりほんの少しフルートを吹くことが上手かった(つもり)だけで、それを生業にしようなんて恐れ多いことを考えるなんて。

こんなことを書いていると、顔からかめはめ波で出そうなくらい恥ずかしくなってきますよ(>_<)

でもでも、当時の私はそれを実現するために何が必要なのかを、恩師に相談しに行ったのでした。

つづきはまた。

Mahalo!

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