現代に足りないのはアメノウズメ

世界が暗くなった。

太陽神アマテラスが、
天岩戸に閉じこもってしまったからだ。

神々は困った。

会議した。

どう説得するか。

どう戻ってきてもらうか。

きっと真面目な議論も交わされたのだろう。

けれど、
誰も岩戸を開けられなかった。

そこで現れたのが、

アメノウズメ

だった。

彼女がやったことは、
驚くほどシンプルだ。

踊った。

しかも、
かなり変な感じで。

神々は笑った。

場の空気が変わった。

その異様な騒ぎに、
アマテラスは思わず外を覗く。

そして世界は動き出す。

この話を見て、
ふと思った。

現代に足りないのは、アメノウズメなのではないか。


アメノウズメは「踊り子」ではない

アメノウズメというと、
踊りの神、芸能の神という印象が強い。

けれど構造で見ると、
彼女はただの踊り子ではない。

むしろ、

停滞破壊係

である。

世界が止まった時。

真面目な議論が行き詰まった時。

正論では何も動かなくなった時。

彼女は、

空気そのものを壊した。

論理で押し切るでもない。

権力で従わせるでもない。

感情を揺らし、
場を動かし、
停滞を崩す。

しかも少し迷惑なくらいに。

空気を読まない。

深刻さを壊す。

場をざわつかせる。

普通なら、

「不謹慎」
「空気読め」
「真面目にやれ」

と言われそうな存在だ。

けれど神話では、

その変人が世界を動かした。

現代社会は「迷惑」を嫌いすぎる

最近の社会を見ていると、

少しでも空気を乱す人は煙たがられる。

少しでもズレる人は敬遠される。

少しでも摩擦を生む人は避けられる。

もちろん、
配慮は必要だ。

無神経であれと言いたいわけではない。

ただ最近、

「迷惑をかけるな」

が強くなりすぎている気がする。

私は最近、
迷惑について少し考えていた。

迷惑とは何なのか。

時間を奪うことなのか。

感情を乱すことなのか。

考えたくないことを考えさせられることなのか。

色々考えた結果、
ひとつ思った。

迷惑とは、

感情を揺さぶられること

なのではないか。

予定が崩れる。

認知が揺れる。

モヤモヤする。

つまり、

止まっていたものが動く。

これが迷惑なのかもしれない。

迷惑な人ほど、世界を動かす

考えてみると、
人の記憶に残る存在というのは、
案外「迷惑な人」だったりする。

恋愛なんて典型だ。

予定は狂う。

感情は乱れる。

思考は乗っ取られる。

冷静に見れば、
かなり迷惑である。

なのに人は、
それを魅力と呼ぶ。

創作もそうだ。

モヤモヤ。

違和感。

納得できなさ。

「なんでそうなった?」

その感情の揺れを処理するために、
人は歌を書き、
小説を書き、
哲学をし、
絵を描く。

つまり、

迷惑こそが創作の根源

なのかもしれない。

そして社会もまた、

少し迷惑なくらいの異物によって、
動いてきたのではないか。

現代はアメノウズメ不足なのかもしれない

今必要なのは、

完璧な聖人なのだろうか。

正しいだけの人なのだろうか。

むしろ必要なのは、

少し空気を壊す人

なのかもしれない。

真面目な議論が岩戸を閉じる時。

正論が停滞を作る時。

少し迷惑なくらいの異物が、
空気を揺らし、
人を笑わせ、
流れを変える。

アメノウズメは、
ある意味で

迷惑名人

だった。

けれど同時に、

世界を救った迷惑名人

でもあった。

だから少し思う。

現代に足りないのは、

アメノウズメ

なのかもしれない。

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