趁火打劫は「火事場泥棒」ではない──優先順位が変わった瞬間を突く計略である

三十六計第五計「趁火打劫(ちんかだこう)」は、
「相手が混乱している時に利益を奪う計略」
と説明されることが多い。
もちろん間違いではない。
しかし、この説明だけでは、この計略の本質は見えてこない。
火事だから奪う。
混乱しているから攻撃する。
本当に重要なのはそこではない。


本質は「優先順位の変化」である

人間は危機に直面すると、普段とは異なる判断を行う。
命。
財産。
信用。
安全。
失敗したくない対象が急激に増える。
すると、本来守っていたものの優先順位が一気に入れ替わる。
つまり、
危機そのものではなく、
危機によって優先順位が変わること
こそが重要なのである。

守れなくなった場所が生まれる

人間の時間も注意も有限である。
重要な問題へ集中すればするほど、
別の場所は手薄になる。
その結果、
守備の薄い場所、
判断の遅れる場所、
誰も見ていない場所が生まれる。
趁火打劫とは、
その「空白」を利用する計略なのである。

囲魏救趙との違い

第四計「囲魏救趙」は、
相手の重要地点を攻撃し、
自ら優先順位を書き換えさせる計略だった。
つまり、
隙を作る計略
である。
一方、趁火打劫は違う。
自然災害でもいい。
市場暴落でもいい。
炎上でもいい。
第三者との戦争でもいい。
すでに発生している混乱によって生まれた隙を利用する。
つまり、
隙を利用する計略
なのである。
同じ「隙を突く」でも、
作るのか、
利用するのかで、
計略の性質は大きく異なる。

現代ではどう使われるのか

例えば企業なら、
競合企業が不祥事対応で混乱している間に顧客を獲得する。
投資なら、
市場全体が恐怖に支配されている時に優良資産を買う。
サイバー攻撃なら、
別の障害対応に追われている間に本命を侵入させる。
どれも火事そのものを利用しているのではない。
優先順位が変わり、
守る余裕がなくなった場所を突いているのである。

おわりに

趁火打劫は、
「火事場泥棒」のような卑しい計略ではない。
人間は危機になるほど、
すべてを同時には守れなくなる。
だからこそ、
危機とは「優先順位の再編成」が起こる瞬間でもある。
趁火打劫とは、
その再編成によって生まれた空白を見抜き、
そこへ最も早く到達するための計略なのである。

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