人生のポートフォリオ、偏ってない?
最近ずっと考えていたことがある。
「リスクを取る」という言葉だ。
世の中ではよく、
仕事を辞めた、
新しい挑戦をした、
安定を捨てた、
そんな行動に対して
「リスクを取った」と言われる。
もちろん、その言葉が間違っているとは思わない。
でも、ずっと違和感があった。
本当にそれは“リスクを取った”ことなのだろうか。
むしろ、
崩れかけた土台から降りただけではないのか。
私自身、大企業の社員という立場を一度手放した。
一般的に見れば、
安定した土壌を捨てたと言えるのかもしれない。
ただ、正直に言えば、
それは勇気ある挑戦というより、
人生のポートフォリオの再配分だった。
仕事という一つの資産に、
あまりにも多くを集中投資しすぎていた。
収入や肩書きは確かに安定していた。
でもその裏で、
家族との関係
子育てに使える時間
自分自身の精神的余力
創作や構想の時間
こういった他の資産が、
少しずつ毀損していった。
もしそのまま続けていたら、
家庭の空気はさらに悪くなり、
別居という未来すら十分あり得たと思っている。
だからこれは、
リスクを取ったというより、
偏りすぎた人生の資産配分を見直した
という方がしっくりくる。
人生を設計という言葉で語ることもある。
でも、私は最近それもしっくりこない。
設計という言葉には、
最初から図面があり、
必要な資本が揃っていて、
その通りに組み上げるような響きがある。
人生はそんなに綺麗じゃない。
むしろ、
今ある限られた資源をどう配分し直すか。
どこに時間を置き、
どこに心を残し、
何を減らして、
何を守るのか。
その連続だと思う。
だから人生は設計ではなく、
ポートフォリオに近い。
安定だけに全振りしていないか。
仕事だけに全てを賭けていないか。
逆に理想や夢だけに偏っていないか。
今の自分の人生は、
どんな配分になっているのか。
そう問い直すことの方が、
「リスクを取った」という英雄譚より、
よほど現実的なのかもしれない。
人生のポートフォリオ、
あなたは今、どうなっていますか。
