プロフェッショナルという言葉の定義について
「プロフェッショナル」という言葉が
精神論や姿勢論として使われる場面をよく見る。
・諦めなかった人
・通用しなくても前に進んだ人
・覚悟を持って続けた人
そうした文脈で「プロ」という言葉が使われること自体は理解できる。
ただし、それは励ましとしての用法であって、
定義としては成立していない。
通用するとは何か
通用するとは、社会が定めた基準に適合した状態のことを指す。
市場、制度、顧客、評価者、いずれであれ、外部に存在する基準に対して「適合しているかどうか」。
それ以上でもそれ以下でもない。
プロフェッショナルとは何か
プロフェッショナルとは、その「通用している状態」にある人の呼称にすぎない。
人格でも、努力でも、覚悟でもない。
ましてや精神性の高さを示す称号ではない。
プロとは状態の名前であり、人間の価値を測る言葉ではない。
評価の役割
評価とは、人を肯定したり否定したりするためのものではない。
評価は社会基準への適合度を測るための信号である。
・通用していない
・まだ適合していない
それ以上の意味は本来持たない。
評価と人格を結びつけた瞬間、評価は機能を失う。
「精神的なプロフェッショナル」という言葉について
通用しない状況に置かれたとき、
「でも自分はプロ意識を持っている」
「精神的にはプロだ」
という言葉が使われることがある。
継続のための感情としては理解できる。
しかしそれをプロの定義として使った瞬間、論理は破綻する。
それは通用しない状態を感情で上書きしているだけであり、定義ではなく自己防衛に近い。
プロフェッショナルは、そこまで価値のある状態でもない
プロフェッショナルとは社会基準に一時的に適合した状態にすぎない。
崇める必要もなければ、人生の最終目標にする必要もない。
基準は変わる。
市場は移ろう。
評価者も入れ替わる。
プロであることに過剰な価値を置くほど、自分の出力は歪みやすくなる。
プロに拘るより、自分らしさを貫け
自分で決められるのは、
・何を出力するか
・どんな一貫性を持つか
・どんな問題意識を持ち続けるか
それだけだ。
通用するかどうかは、後から社会が勝手に決める。
自分らしさを削ってまで「プロ」であろうとする必要はない。
プロフェッショナルとは称号ではない。
ただの状態名だ。
それ以上の意味を背負わせた瞬間、この言葉は空洞になる。
