まるで幼稚園の製作のような現代ノウハウとハック
体験の幼児化、って言うと怒られるかもしれない。
でも正直、そう言いたくなる瞬間はある。
最近の体験って、やけに整いすぎている。
最初から材料は揃っていて、手順も用意されていて、失敗しないように設計されている。
まるで、幼稚園のクラフトみたいだ。
先生が全部準備してくれて、
子どもはそれを順番に組み立てるだけ。
ちゃんと完成するし、見た目も綺麗だ。
でも、それを「作った」と言っていいのかは、少し迷う。
もちろん、能力の話じゃない。
今の方が情報も多いし、ツールも揃っている。
できること自体は、昔より圧倒的に増えている。
問題はそこじゃない。
問題は、
「どこまでが自分の体験なのか」
という話だ。
少し前までは、分からないことが前提だった。
たとえばロードバイクを買うとき、何を選べばいいのか分からないから店に行く。
店員に相談して、カタログを見ながら一緒に決めていく。
取り寄せてもらって、組み立ててもらって、
ようやく一台が完成する。
そこには、対話と試行錯誤があった。
全部を自分でやっていたわけではないけど、少なくとも「関わっている感覚」はあった。
今はどうか。
検索すれば、最適解っぽいものがいくらでも出てくる。
おすすめ、ランキング、レビュー、解説動画。
それらをなぞれば、だいたい外さない。
でもそれは、
「自分で選んでいる」のではなく、
「用意された選択肢の中から選ばされている」だけでもある。
実店舗に行っても同じだ。
ウインドウショッピングで並んでいるものは、
誰かにとっての“ちょうどいい”であって、
自分の“欲しい”とは限らない。
実際、ポリカ板やネオジム磁石を探しに行っても、普通に無かった。
PTFEシートも同じだ。
本当に欲しいものは、並んでいない。
だから検索する。
サイズ、材質、用途を打ち込んで、
自分で探す。
ここで一つ、はっきりする。
ウインドウショッピングは「欲しくない人の行動」で、検索は「欲しい人の行動」だ。
なんとなく選ぶのか、自分で見つけにいくのか。
この差は大きい。
昔は、店がキュレーターだった。
分からないことを聞いて、一緒に考えて、選んでいく。
「分からないから入る場所」が、ちゃんと存在していた。
今は違う。
「分かってから入る」ことが前提になっている。
でも実際には、ほとんどの人は分かっていない。
分かっているのは、せいぜい“おすすめされた範囲”だけだ。
それでも選べてしまうから、問題に気づきにくい。
だからこそ思う。
これは「体験の幼児化」なんじゃないかと。
もちろん、環境がそうなっているだけで、
個人の能力が落ちているわけではない。
でも、
材料が最初から揃っていて、
手順も用意されていて、
失敗しないように設計されている体験は、
どこか“再生”に近い。
探す行為が削られたとき、体験は一気に軽くなる。
早く、正確に、効率よく。
それはそれで価値がある。
でも、その代わりに失っているものもあるはずだ。
本当に欲しいものは、並んでいない。
だから探す。
そして、探したものだけが、ちゃんと自分のものになる。
体験は、用意されるものじゃない。
自分で辿るものだ。
