三十六計は兵法ではない。人間の認知バイアス仕様書だった。

三十六計と聞くと、多くの人は兵法書を思い浮かべる。
敵を欺き、戦場を有利に進めるための戦略集。
もちろん、それは間違っていない。
しかし現代の認知科学という視点から読むと、三十六計はまったく違う本にも見えてくる。
それは、
「人間の認知バイアス仕様書」
である。

なぜ計略が成立するのか

例えば有名な「空城の計」。
城門を開き、兵士も隠し、ただ琴を弾いて敵を迎える。
すると敵は、
「これは罠だ。」
と考え撤退する。
ここで重要なのは、
諸葛亮は一言も
「伏兵がいる。」
とは言っていないことである。
敵が勝手にそう推測しただけだ。
つまり空城の計とは、
人間は情報が不足すると、自分で物語を補完してしまう。
という認知の性質を利用した戦略なのである。

仮痴不癲も同じ

愚かなふりをして油断させる。
これも、
「人は第一印象で能力を判断する。」
という認知バイアスを利用している。
能力を隠しているのではない。
相手が勝手に
「大したことはない。」
と思い込むのである。

三十六計が利用しているもの

三十六計の多くは、
武器ではなく、
人間の認知の癖を利用している。

  • 人は肩書を信じる。

  • 人は外見で判断する。

  • 人は多数派に従う。

  • 人は異常を見ると裏を読む。

  • 人は自分の予想を補強する情報を信じやすい。

現代ではこれを認知バイアスと呼ぶ。
昔の人は「認知バイアス」という言葉を持っていなかった。
しかし、人間がどう錯覚し、どう判断を誤るかは、戦場で何百年も観察していた。
だから三十六計は、
経験から生まれた認知心理学の実践集
とも読めるのである。

戦場は変わった

昔は戦争だった。
しかし現代では、
戦場が
SNS
広告
営業
政治
投資
ビジネス
へと変わっただけである。
限定販売。
権威者の推薦。
口コミ。
インフルエンサー。
炎上商法。
どれも人間の認知の癖を利用している。
だから三十六計は、決して古い本ではない。
戦場が変わった今でも、人間の認知そのものは大きく変わっていないからだ。

三十六計を覚える意味

私は三十六計を
「相手を騙す方法」
として覚えるより、
「人間はこういう認知バイアスを持つ。」
という仕様書として読む方が面白いと思う。
そうすれば、
相手を理解できるだけではない。
自分が認知バイアスに利用されていることにも気付きやすくなる。
兵法は武器の本ではない。
人間という認知システムの取扱説明書だった。
そう考えると、二千年以上読み継がれてきた理由が少しわかる気がする。

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