借刀殺人は「他人を利用する計略」ではない 「人は利害に従って動く」という人間理解である
三十六計の第三計「借刀殺人」は、多くの場合、
「他人を利用して、自ら手を汚さず目的を達成する計略」
として解説される。
もちろん、歴史上の戦争ではそのような使われ方が多かった。
しかし、この説明だけでは本質が見えにくい。
借りているのは「刀」ではない。
本当に借りているのは、
人間の意思決定
である。
人は、自分の利益や立場、感情に従って行動する。
この性質を理解し、その利害が自分の目的と一致していると認識させれば、人は命令されなくても自発的に動く。
借刀殺人とは、この人間の性質を利用した戦略なのである。
例えば古代では、
敵国同士を争わせる。
反乱を誘発する。
第三者に敵を攻撃させる。
これらはすべて、
「他人を利用した」
のではなく、
その人物にとっても利益がある状況を作った
とも言える。
つまり、
相手の利害や立場を理解し、
その方向へ少しだけ状況を整えた結果、
相手は自らの意思で動いているのである。
現代でもこの構造は変わらない。
企業同士のアライアンス。
オープンソースコミュニティ。
投資家との関係。
ロビー活動。
共同研究。
これらは「利用」というより、
利害を一致させることで協力関係を生み出している。
人は命令されて動くよりも、
「これは自分の利益でもある」
と思った時に最も強く動く。
だから借刀殺人とは、
他人を操る技術ではない。
人は利害や立場、感情に基づいて意思決定する。
その人間理解を前提とし、
目的を共有できる構造を設計する戦略なのである。
私は三十六計を、
単なる戦術集ではなく、
人間の認知や意思決定を前提とした戦略体系
として読む方が、本質に近いように感じている。
古代では戦争に応用された。
現代では経営、マーケティング、政治、コミュニティ運営などへ応用できる。
変わったのは戦場であり、
変わっていないのは、
人間が利害によって動くという性質そのものなのである。
