マーケティングという言葉について
最近ずっと違和感がある言葉がある。
「マーケティング」。
この言葉、あまりにも当たり前のように使われているけど、よく考えるとかなり歪んだ意味で使われている気がする。
■マーケティングは「操作」なのか?
今の一般的な認識だと、マーケティングはほぼこうなっている。
人を惹きつける
興味を引く
行動を誘導する
つまり
👉 人間の意思決定に介入する技術
だから正直、
「マーケティング=操作」っていう印象になるのは自然だと思う。
■でも本来は違うんじゃないか?
よく言われる定義はこうだ。
👉 「需要と供給を繋ぐこと」
ただこれ、個人的にはかなり違和感がある。
なぜなら、これって
👉 誰かが意図してやる行為というより、結果として発生している現象
に近いから。
例えば、
良いものがある
↓
使われる
↓
自然に広がる
この流れって、別に「マーケティングしよう」と思って起きているわけじゃない。
でも結果的に
👉 「繋がっている」
つまり
👉 昔のマーケティングは“やるもの”じゃなくて“起きるもの”だった可能性がある
■なぜおかしくなったのか
問題はここから。
👉 「それを再現したい」と思った瞬間
成功事例を分析する
共通点を抜き出す
型にする
ここで「マーケティング学」みたいなものが生まれる。
ただ、この時点でズレている。
なぜなら、
👉 再現できるのは“表面だけ”だから
例えば、
強いタイトル
フック
ストーリー構造
こういうものは確かに再現できる。
でも本来効いていたのは、
タイミング
文脈
信頼
偶然
👉 再現できない部分
それを無視して、
👉 「これをやれば成功する」
みたいな話になる。
■結果として起きていること
表面だけ真似する
中身が伴わない
それでも一部は当たる
👉 「やっぱり再現できるじゃん」となる
でも実態は
👉 再現しているのは“形”だけで、“現象”ではない
■マーケティングという言葉のズレ
ここで最初の話に戻る。
「マーケティング」という言葉は本来、
👉 市場との関係が動いている状態
を指していた可能性がある。
でも今は、
👉 市場を動かすための操作技術
になっている。
このズレが、
違和感
不信感
「クソ」という感情
を生んでいる気がする。
■まとめ
マーケティングは
本来:発生するもの
現在:操作するもの
になっている。
そして
👉 再現性があるとされている部分は、ほとんどが表面だけ
だからもし考えるなら、
👉 「どうやって操作するか」ではなく
👉 「どうすれば自然に発生するか」
こっちの方が、本質に近い気がしている。
