子ども向けコンテンツは、本当に子ども向けなのか
最近ずっと考えていることがある。
世の中には「子ども向け」と呼ばれるコンテンツが溢れている。
動画、アプリ、玩具レビュー、家族Vlog、教育番組、知育アプリ。
けれど、その多くは本当に“子ども”に向けて作られているのだろうか。
私はむしろ逆だと思っている。
子ども向けコンテンツの多くは、子ども向けではない。
正確に言えば、
子どもを入口にしながら、別の対象に向けて設計されている。
1. 子ども向けに見せかけた消費導線
例えば、子どもが高級玩具を開封する動画。
親子で豪華な旅行をする家族チャンネル。
レビュー動画の形を取りながら、実際には購買意欲を刺激する構成。
ここで設計されているのは育児ではない。
設計されているのは、
欲しがらせる導線
次の購買へ繋ぐ導線
広告収益の最大化
企業案件への接続
である。
つまり視聴者は子どもでありながら、
本当の顧客は企業や広告市場だ。
子どもは主体ではなく、マーケティングの起点になる。
2. 育児コンテンツとの違い
本来、育児向けコンテンツとは
子どもの成長を支える
親の負担を減らす
安全に楽しめる
発達に寄り添う
ものだと思う。
たとえば シナぷしゅ や Eテレ に大きな反発が少ないのは、この役割が明確だからだ。
そこには少なくとも「見せるため」ではなく「支えるため」の思想がある。
3. 課金そのものは悪ではない
ここで誤解したくないのは、収益化そのものを否定したいわけではないこと。
例えば BabyBus は、一部課金がある。
しかし、あれには納得感がある。
広告を大量に流すわけでもなく、
一定の無料範囲を維持しながら、クオリティを保つために課金が存在している。
つまり、
サービス維持のための対価
として理解できる。
問題は課金ではなく、
子どもや家庭の親密さを利用して欲望を設計することだ。
4. 子ども向けではなく、市場向け
結局、多くの「子ども向けコンテンツ」は、
子ども向けに見えて、
親の財布と企業の広告予算に向けて作られている。
だから私は思う。
子ども向けコンテンツの多くは、
本当は子ども向けではない。
それは市場向けコンテンツであり、
子どもはその入口に置かれているに過ぎない。
子ども向けという言葉が、
最も市場的な言葉になってしまった時代なのかもしれない。
