不安を感じたときに「安定」を選ぶこと自体は間違いじゃない
ただし、前提を知らずに選ぶと先送り人生になりやすい
不安を感じたとき、人が「安定」を望むのは自然なことだと思う。
未来を直視するのは負荷がかかるし、不確実性を考えるのは精神的にもコストが高い。
だから、
今うまくいっているもの
周囲が選んでいるもの
誰かが「大丈夫」と言っているもの
に寄るのは、人間としてごく普通の反応だ。
問題は「安定をどうやって選ぶか」
ここで少しだけ線を引きたい。
不安を感じたときに、
他者の甘言をそのまま信じる
「みんながそうしているから」で判断する
今の常識を疑わず右へ倣えする
こうして選ばれた「安定」は、不安の根元にはほとんど触れていない。
それは不安を解消しているのではなく、一時的に見ないようにしているだけだ。
違和感が出ている時期ほど、先送りは危険になる
違和感というのは、
前提がズレ始めたサイン
環境が変わりつつある兆候
まだ余力がある段階でしか出ない警告
この段階で本来やるべきなのは、
小さく疑う
小さく考える
小さく備える
でもここで、考えるのは重い
だから今の安定に乗っておこう
と判断すると、問題は先送りされ、時間だけが過ぎていく。
結果として、「考えざるを得ない局面」がまとめてやってくる。
これが、いわゆる先送り人生だと思う。
不安定なまま考えることは、先送りの反対側にある
誤解されやすいが、不安定な状態で思考すること自体は悪いことではない。
まだ崩壊していない
余力が残っている
選択肢が複数ある
この段階で考えることは、未来の不安を前倒しで処理している状態でもある。
考える負荷を今引き受けるか、対応不能な負荷として後で引き受けるか。
実際には、その二択に近い。
先払いには、はっきりした代償もある
もちろん、先払いが万能なわけではない。
この選択には明確なコストがある。
他者に理解されにくい
孤独になりやすい
金銭的に困窮する可能性がある
まだ問題が顕在化していない段階で考える人は、過剰・心配性・ネガティブと受け取られやすい。
短期的な評価や安定を捨てる以上、経済的な負荷が出るのも自然な話だ。
それでも重要なのは「知った上で選ぶこと」
ここで強調したいのは、安定を否定したいわけではないという点だ。
問題なのは、
不安の構造を知らずに安定を選ぶこと
違和感を無視したまま判断すること
前提を知らずに安定を選ぶのと、前提を理解した上で「それでも今は安定を選ぶ」のとでは、崩壊後の立ち位置が大きく変わる。
前提を知って選んだ人は、
変化が来ても想定内で動ける
自分の選択に説明がつく
責任を外に投げにくい
一方、前提を知らずに選んだ人は、
想定外として受け止める
裏切られた感覚だけが残る
行動が遅れる
同じ「安定」を選んでいても、その後は別れる。
結局のところ
不安を消すか、不安を前払いするか。
どちらが正しいかではなく、どちらのリスクを自分が引き受けられるかの話だ。
未来を完全に予測することはできない。
でも、前提を知った上で選ぶことはできる。
それだけで、崩れた後の人生はかなり違ってくる。
