毫釐千里とは「最初の一歩を慎重に」という意味なのか
「毫釐千里」
一般には、
わずかな誤りが後に大きな差になる。だから最初の一歩を慎重に。
という教訓として解釈される。
確かに漢字の意味はそうだ。
しかし、私は少し違う見方をしている。
本当に問題なのは「最初の誤差」なのか
未知のことに挑戦する以上、
最初の一歩が正しいかどうかなど誰にもわからない。
どれだけ慎重に考えても、
前提が間違っていれば結果は狂う。
つまり、
慎重さは正しさを保証しない。
では、なぜ「毫釐」が「千里」になるのか。
私は、
軌道修正をしないから
だと思う。
一厘の狂いを認めない
最初は一厘のズレだった。
しかし、
既に進んだから戻れない
これだけ準備したのだから正しいはずだ
今さら方向転換できない
そう考えて進み続ける。
すると、
一厘だった誤差は、
いつの間にか千里の差になる。
つまり、
千里を生むのは誤差ではない。
誤差を修正しない姿勢である。
現代技術は修正を前提としている
スタートアップやベンチャーでは、
「まずやってみる」
という考え方が多い。
Lean Startup
Agile
MVP
PDCA
これらは共通して、
最初は間違う
という前提で設計されている。
重要なのは、
最初の一歩ではなく、
二歩目、三歩目で修正できることなのである。
一方で大企業はどうか
多くの企業はPDCAを掲げる。
しかし現実には、
Planを慎重に作り、
コンセンサスを取り、
コンプライアンスを確認し、
ISOに合わせ、
稟議を通し、
さらにPlanを修正する。
気がつけば、
P→P→P→P→P…
となっている。
本来、
PDCAとは修正の思想である。
しかし、
形式化すると、
「計画を間違えないこと」
が目的になってしまう。
毫釐千里の再解釈
私は、
毫釐千里を、
「最初の一歩を慎重にせよ」
という言葉ではなく、
「最初の一歩は狂うものだ。その狂いを認めず、軌道修正しない者への戒め」
として読みたい。
飛行機は一直線に飛ばない。
GPSもロケットもAIも、
常に誤差を検知し、
修正し続けている。
それでも目的地へ到達する。
だから、
慎重な第一歩より、
柔軟な第二歩の方が千里を決める。
これが、私なりの「毫釐千里」の解釈である。
