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インターナル

「内面で勝負」──そう言えば聞こえはいい。
けれど智恵子がそれを選んだのは、選ばざるを得なかったからだった。

姉は容姿端麗、成績優秀、誰からも愛される存在。
親の愛を奪われたわけじゃない。でも、「比べられない努力」を、智恵子はずっと続けてきた。

見た目に自信がなかった。だからこそ、自分の“中身”を磨いた。
人の話をよく聞き、本を読み、感情を読み取る。
けれど大人になり、婚活の場に立ったとき、
「内面を見てほしい」という願いが、ただの“めんどくささ”にすり替えられていく。

同じように、大地もまた「何もない自分」と向き合っていた。
特徴も、武器も、ない。けれど、人の気持ちだけはよくわかる。
だからこそ言葉が出ない。距離がつかめない。恋愛は、いつも手前で終わってしまう。

──ふたりは、まだ出会っていない。

これは、“スペックのない者たち”が、
評価の網からこぼれ落ちるまでの記録。

そして、その心の奥に何が残ったかを、静かに照らし出すプロローグ。
#創作大賞2025


第1章 姉のいる風景

智恵子には姉がいた。

姉は、いわゆる“なんでもできる子”だった。小学校の成績は常に学年上位、運動神経も良くて、生徒会にも所属。家族親戚、誰に会っても「お姉ちゃんはすごいね」「ほんとにいい子」と褒められる。

けれど、姉はけっして意地悪ではなかった。むしろ智恵子に優しかった。
勉強のわからないところを丁寧に教えてくれたり、妹の描いた絵を「かわいいね」と言ってくれたりした。

だからこそ、智恵子は自分の“感じている差”を誰にも言えなかった。

親から疎まれていたわけじゃない。けれど、家族で写真を撮るときに姉ばかりが中心にいるような構図。出かけた先で姉にだけ何かを買ってやろうとするような小さな仕草。そういうものが、積もっていった。

「自分はそういう“目立つ側”じゃない」

それが智恵子の最初の自己認識だった。

中学に上がる頃には、クラスで「かわいい」と言われる女子がはっきりし始めた。智恵子はそのどれにも入らなかった。容姿に致命的な欠点があるわけではなかったけれど、どこか輪郭がぼやけていた。

(私は、内側で勝つしかない)

そう思ってからの彼女は、徹底していた。

本を読み、言葉を集め、物事を深く考えた。内面にだけ、自分の存在価値を見出した。言い換えれば、“内面主義という鎧”を身につけて生きることを覚えたのだった。


第2章 何者でもない

大地は一人っ子だった。両親と祖父母の五人家族。
家の中ではいつも温かい声が飛び交い、何かを否定された記憶はほとんどない。

「あなたはあなたのままでいいのよ」

祖母がいつもそう言ってくれた。
両親も同じように、大地に無理をさせなかった。テストの点が悪くても怒られないし、目立った功績がなくても「がんばったね」と褒めてくれた。

──けれど、大地は気づいていた。
自分には、これといって“語るべき特徴”がなかった。

勉強は中の中。運動も人並み。何かに夢中になることもなければ、誰かに強く好かれた記憶もない。

ただ、ひとつだけ得意なことがあった。
人の気持ちを読むこと。

怒られる前に空気を察する。友達が落ち込んでいたら、話しかけすぎずそばにいる。
そういう「ちょうどいい距離感」をとるのが、昔から上手だった。

──ただし、それはあくまで“他人の世界”に合わせる技術であって、
“大地自身”を誰かに伝える言葉ではなかった。

自分から話すことが苦手だった。
好きな子ができても、そのことを伝える前に「この子は自分みたいなタイプは選ばない」と空気を読んでしまう。
会話の先を想像しすぎて、踏み出せない。

(誰かの心は読めるのに、誰の心にもなれない)

それが、大地の抱えた違和感だった。


第3章 中身で勝負するという防衛

大学に入ってから、智恵子はさらに“内面”を強調するようになった。

読書、映画、哲学、ジェンダー論──
サークル活動も討論系や文芸系を選び、自己表現の機会があれば積極的に参加した。

「外見で勝てないなら、言葉で魅せるしかない」

そんな気持ちがどこかにあった。
自分の考えを持つことが、何より大切だと思っていた。
いや、思い込んでいた。

男子からは「話してて面白い子」と言われることが多かった。
けれどそのあとに続く言葉は、なかった。

たとえば友人に恋愛相談されたとき。
「智恵子の話って、ちょっと難しいかもって言われた」
と言われたことがある。

智恵子は「そうかな」と笑って見せたけど、内心は複雑だった。

自分は、伝えるために話している。
自分を知ってもらうために、真剣に言葉を選んでいる。

でも──

(どうして、誰にも伝わらないの?)

その問いが、だんだんと痛みに変わっていった。

社会人になってからも、智恵子の“中身で勝負”は変わらなかった。
ビジネス書や心理学の本を読みあさり、会話術や傾聴のスキルを磨いた。
「私は、見た目じゃなく“中身のある人間”なんです」

でも、婚活の場ではその言葉が、
まるで“言い訳”に聞こえているような気がした。


第4章 届かないという優しさ

大地は社会人になっても、大きく変わることはなかった。

職場では「話しやすい人」と言われることが多かった。
ちょっとした雑談や飲み会での相づち、タイミングのいい聞き役。
居心地はいいけど、記憶には残らない──そういう存在だった。

恋愛も、似たようなものだった。
誰かと仲良くなるとき、たいていは相手の方から声をかけてくれる。
大地はその流れに乗ることはできたけれど、自分から関係を深めることはできなかった。

話せば聞いてくれる。
でも、「あなたはどう思うの?」と返された瞬間に、うまく言葉が出てこなくなる。

(自分のことを語るって、こんなに難しいのか)

誰かを大切にしたいと思ったことはあった。
でも、“どう大切にしたいのか”を、言葉にして伝える術がなかった。

だから、大地は“優しいけれど、よくわからない人”として終わることが多かった。

(相手を傷つけたくないだけじゃ、誰の心にも届かないんだ)

それがわかったとき、大地の優しさは、少しだけ寂しいものになった。


第5章 それでも、整えて

それでも、智恵子はあきらめなかった。

外見ではなく中身──そう言い続けてきた自分が、外見を磨こうとしていることの矛盾に気づいていた。
でも、それを否定することはできなかった。

メイクを覚えたのは社会人三年目。
スキンケアの基本からやり直し、動画を見てアイラインやハイライトの入れ方を学んだ。

「人は中身だと思う。けど、見た目で判断されるのが現実なんだよね」

それが、婚活の場で出会った誰かの言葉だった。

そのときは腹が立った。
でもあとで思い返して、ふと気づいた。

(私もたぶん、同じように誰かを“見た目”で判断してた)

だから智恵子は、ある意味で自分を“整える”ことにした。
それは諦めでも偽りでもなかった。
「せめて、内面にたどりつくための“最初のハードル”を下げたい」
そう思っただけだった。

メイク道具を並べ、鏡に向かって、いつものように仕上げていく。
口角を引き上げるようにリップをひき、アイシャドウでまぶたに光を乗せる。

その朝、少しだけまつげの上がりが悪かった。
でも智恵子は、それを気にしなかった。

(今日も、ちゃんと整えた。あとは、話すだけ)

鏡の中の自分を、ほんの少しだけ肯定できた気がした。


第6章 声

その日は、何か特別な予定があったわけじゃなかった。

天気は曇り。気温は低くもなく高くもなく。
少し肌寒い気配の風に、ジャケットの前を閉じながら駅に向かって歩いていた。

人通りの多い歩道で、すれ違う顔に特別な意味はない。
でも、そのときふと視界の端に入った女性の後ろ姿に、大地は足を止めた。

別に知り合いではなかった。
けれど、どこかで見たような──いや、

(似てる……いや、違う。
 この空気、知ってる気がする)

まっすぐすぎない背筋。控えめだけど整った服装。
歩幅は小さく、でも足取りは迷っていない。

なんてことのない姿だったけれど、
その背中が──

「ちゃんと整えてきたのに、誰にも気づかれない人」のように見えた。

気がつけば、大地の喉が動いていた。

「──あの」

その一言が届いたかどうかはわからない。

でも、その瞬間。
大地は、自分の声が、ほんの少しだけ“自分のもの”になった気がした。

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