遠交近攻は「遠くと組む計略」ではない──共同体の関係維持コストを最適化する計略である
近い者ほど対立しやすい
三十六計第二十三計「遠交近攻(えんこうきんこう)」は、
「遠くの国と同盟を結び、近くの国を攻める」
と説明されることが多い。
もちろん、それも歴史的には正しい。
しかし、本当に重要なのは、
なぜ近い者ほど争いやすく、遠い者ほど協力しやすいのか
という認知の仕組みである。
共同体は利害の調整から始まる
共同体は価値観だけでは成立しない。
重要なのは、
利害を調整できるか
である。
共同体を作るには、
役割
ルール
利益
責任
を擦り合わせる必要がある。
この最初の合意形成には大きなコストがかかる。
しかし、一度共同体になれば終わりではない。
環境や状況が変わるたびに、
再び調整が必要になる。
つまり共同体とは、
継続的な利害調整を行う仕組み
なのである。
共同体には関係税が発生する
私はこれを
関係税
あるいは
関係維持コスト
と考えている。
共同体に所属すると、
人は常に
説明する
相談する
合意を取る
配慮する
調整する
という認知コストを払い続ける。
人数が増えるほど、
調整相手も増え、
関係税は指数的に重くなる。
家族でも、
会社でも、
コミュニティでも、
この構造は変わらない。
だから家族は最も近い共同体であるがゆえに、
相続、子育て、介護、お金など、
利害が重なりやすく、
対立も生まれやすい。
第三者による仲裁が必要になるのも、
当事者ほど関係税を抱えているからである。
遠交近攻は競争相手を整理する計略である
近い相手とは、
生活圏も、
市場も、
資源も重なる。
つまり競争が起きやすい。
一方で遠い相手とは、
競合が少なく、
補完関係を築きやすい。
遠交近攻の本質は、
単なる外交術ではなく、
競合の少ない相手と協力し、競合の大きい相手との利害を整理する戦略
なのである。
認知学的に言えば、
人は距離そのものではなく、
調整コストの大小
によって、
協力相手と競争相手を選んでいる。
だから共同体形成とは、
仲の良い人を集めることではない。
関係維持コストを最小化できる構造を作ること
なのである。
おわりに
遠交近攻は、
「遠くと組み、近くを攻める」
という戦術ではない。
その本質は、
共同体に発生する関係維持コストを最適化し、競争と協力の境界を設計する認知戦略
にある。
人は似ている相手と衝突しやすく、
違いを持つ相手と補完関係を築きやすい。
だから共同体を維持する鍵は、
価値観を完全に一致させることではなく、
利害を調整し続けられる距離感を設計すること
なのである。
