局面打開 ― 局面でしか考えられないことの危うさ

「局面打開」という言葉がある。
行き詰まった状況を切り開き、解決の糸口を見つけること。

将棋や囲碁で言えば、劣勢の盤面から最善手を見つけ、形勢を逆転させることである。
一見、とても前向きな言葉だ。

しかし、私は少し違和感を覚える。
なぜなら、この言葉は最初から
「今ある局面を前提としている」
からだ。

つまり、
この盤面でどう勝つか。
このルールでどう有利になるか。
この評価軸でどう評価されるか。
そこから思考が始まっている。

例えば、
SNSで再生数が伸びない。
すると多くの人は、

  • 投稿頻度を上げよう

  • コミュニティに参加しよう

  • 相互フォローしよう

  • アルゴリズムを研究しよう

と考える。
これは典型的な局面打開である。

しかし、
「そもそも、そのゲームを続ける必要があるのか」
という問いはあまり出てこない。
評価軸自体がおかしいかもしれない。
ルール自体がおかしいかもしれない。
盤面そのものを降りた方が合理的かもしれない。
それでも人は局面を打開しようとする。

なぜなら、その局面しか見えていないからだ。
企業も同じである。
利益が出ない。
では利益率を改善しよう。
コストを削ろう。
KPIを見直そう。
これも局面打開である。

しかし、
「企業は何を企てる存在なのか」
という問いは後回しになる。
目的ではなく、盤面の攻略が目的になってしまう。

将棋で例えるなら、
悪い局面から逆転する方法を研究しているだけで、
盤面をひっくり返すことも、
新しいゲームを作ることも、
将棋をやめることも、
選択肢に入っていない。

局面打開とは、
局面を疑わない思考である。
もちろん、その能力は重要だ。

だが、本当に新しい発想は、
局面の中から生まれるのではない。
局面そのものを疑うところから生まれる。

「どう勝つか」より先に、
「なぜこの盤面で戦っているのか」
その問いを持てる人は、ゲームの参加者ではなく、ゲームの設計者になるのかもしれない。

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