緑葉成陰の前提条件
四字熟語を読んでいて、少し面白いことに気付いた。
「緑葉成陰」
葉が茂り、木陰ができるほど成長することから、女性が嫁ぎ、多くの子を産み育てること、子孫繁栄のたとえとされている。
しかし、この解釈を見ていて少し違和感を覚えた。
現代において、「嫁ぐこと」と「子孫繁栄」は必ずしも直結しないからだ。
結婚しても子供を持たない夫婦はいる。
子供を望んでも経済的理由で断念する人もいる。
保育環境、教育環境、住宅環境、雇用環境。
様々な要素が絡み合う。
つまり現代では、「嫁ぐこと」だけでは子孫繁栄にはならない。
だが、昔は違った。
当時は共同体があり、家業があり、農地があり、親族がいた。
社会基盤そのものが既に存在していた。
だから最後の条件として必要だったのが「嫁ぐこと」だった。
嫁ぐ。
子を産む。
家を継ぐ。
その流れが社会構造の中に組み込まれていた。
つまり、この四字熟語の解釈は、
「嫁ぐこと以外の条件は既に満たされている」
という前提の上に成立しているのである。
しかし現代では事情が異なる。
むしろ不足しているのは、嫁ぐこと以前の部分だ。
保育。
教育。
住宅。
医療。
地域コミュニティ。
働き方。
そうした基盤が弱くなれば、人は将来を描きにくくなる。
そう考えると、現代の緑葉成陰は少し違う姿に見えてくる。
緑葉とは、人そのものではなく社会基盤である。
インフラである。
制度である。
コミュニティである。
そして陰とは、その結果として生まれる安心である。
木陰とは、直射日光を避け、休み、身を守れる場所だ。
安心して暮らせる環境。
安心して子供を育てられる環境。
それが陰である。
昔の解釈では、
嫁ぐ
↓
子孫繁栄
だった。
現代の解釈では、
社会基盤の整備
↓
安心の形成
↓
結婚・出産
↓
子孫繁栄
になる。
葉が増えれば陰ができるのではない。
陰を作れるほど葉が育つことに意味がある。
だから現代の緑葉成陰とは、
「子供を増やせ」という話ではなく、
「人が安心して生きられる木陰を作れ」
という言葉として読むこともできるのではないだろうか。
