地に足ついたまとめ:違和感から見えた、社会のほころび

〜支援、普通、レッテルの話をしよう〜

※普段chatgptに思想っぽく直してもらってますが、今回は私自身が感じた違和感をそのままダイレクトに表現してます。


1. 「普通」って誰のこと?

  • 婚活では「普通の人がいい」と言うと笑われる
     → 「そんな人いない」「みんな何かある」って

  • でも発達の話になると、「普通じゃない=障害です」と線を引かれる

  • “普通”ってめちゃくちゃ少数派なのに、そこが基準にされてる社会、おかしくね?

2. 「併発」ってなんか違わない?

  • ASDとADHDの“併発”って、
     まるで病気があとから追加されたみたいに聞こえる

  • でも本当は“脳の設計の傾向”でしかないし、元からある

  • 「併存」とか「複合型プロファイル」でええやん。

3. 支援って、本来みんな受けてるだろ?

  • 忘れっぽい人に道を教えるのも支援だし、
     慣れない人に段取り説明するのも支援

  • 誰にだって苦手やズレはある
    → 「支援=特別な人のため」って枠組みにするからややこしくなる

4. じゃあなんで“支援=障害者限定”になったの?

● 利権構造の発生メカニズム:

  1. 支援にはコストがかかる
     → 国や自治体が「必要な人にだけ絞りたい」と考える

  2. 必要な人を判断するには“認定”が要る
     → 医師の診断・手帳・書類・審査

  3. その認定の仕組みに“お金”と“役割”がくっつく
     → 診断書を出す医師/支援事業者/関係機関
     → 支援をめぐって“制度に関わる側”と“利用する側”のラインができる

  4. いつの間にか、“困ってる人を助ける”より
    “制度の正当性を守ること”が優先されるようになる

→ これが、「支援=レッテル化された人にしか届かない」
 構造的利権の完成形

5. んで、その枠に入れられた人は?

  • 「配慮されるべき存在」として見られ、
     逆に社会の中で浮いていく

  • 「あの人ばっかり楽してる」とか「なんか優遇されてるよね」とか、
     意味不明な反感まで受ける

→ 結果、開き直って制度にどっぷり適応するか、孤立するかみたいな二択に追い込まれる

6. 支援してる人はみんな悪いのか?

  • そんなことない。本気で優しくて、寄り添ってる人もちゃんといる

  • でも構造を知らないまま支援に関わると、
     善意でやってても、“線引きに加担してる”ことに気づけなくなる

7. で、何がモヤモヤの正体なん?

「できないこと」じゃない。
「できないことを“障害”ってラベルで特別扱いされた結果、
世界から線を引かれてる感覚」がモヤモヤの正体。

8. だからこうしたい:

  • ラベルじゃなく、プロファイルで話せる社会に

  • 支援は“診断”じゃなく“関係の中で自然に起こるもの”として扱いたい

  • 「普通」という幻想のせいで、自分を隠さずに済む社会を作りたい

これは“正義”じゃない。
ただ“モヤモヤの構造”を見て、ちゃんと言葉にしただけだ。


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