比較
「お兄ちゃんは、本当に手がかからなかったんです」
母親のその言葉の横で、妹はじっと天井を見ていた。
何も言わず、何も主張せず。
でもその耳は、すべてを聞いていた。
できない子。返事をしない子。
集中できない子。期待されない子。
──そう見なされてきた、ひとりの小さな存在。
比べたつもりなんてない。
ただ、上の子は“育てやすかった”。
ただ、この子には“もう少し頑張ってほしかった”。
でも、その“ただ”の重さに、
幼い彼女は、静かに押しつぶされそうになっていた。
これは、比べられることで「いないこと」にされてきた子どもが、
言葉を持たないまま、それでも「ここにいるよ」と語る、沈黙の記録である。
#創作大賞2025
第1章:聞こえる声、聞こえない顔
お母さんの手が、わたしの髪をとかしている。
あったかくて、ちょっとだけくすぐったい。でも、それよりも、こわい。
この手は、やさしいふりをしてるだけだ。ほんとうは、“ちゃんとさせたい”って思ってる手。
お母さんの声がする。
「この子は……お兄ちゃんとは違って、ちょっと苦手なことが多くて」
そうだねって思うけど、うんとも言わない。
わたしは、椅子にすわって、じっと天井を見てる。天井にはなんにもないけど、なんとなく、そこを見ると、いまここじゃない場所に行ける気がする。
「お兄ちゃんは、本当に手がかからなかったんです」
まただ。お兄ちゃんの話。
成績がいいとか、委員をしてるとか、もう何回聞いたかわからない。
たしかに、お兄ちゃんはすごい。先生にもほめられてるし、いつもニコニコしてる。
でも、お兄ちゃんがすごいとき、わたしはどこにもいなくなる。
くらべられたとき、わたしは、消えちゃうみたいになる。
わたしもここにいるのに。
「でもこの子は……どうしても“できないこと”が多くて」
その言葉、心のなかにトンって落ちてくる。
できない、って。
たしかに、できないことあるよ。字をていねいに書くのとか、急に気持ちを切りかえるのとか。
でもね、がんばってるの。うまく言えないけど、こころのなかではいつも動いてる。
なのに、お母さんは、わたしが止まってるって思ってる。
何も考えてないって思ってる。
先生の声も聞こえる。でも見ない。目を合わせない。
見たら、なにかがこわれちゃいそうだから。
わたしはここにいる。ちゃんとここにいる。
でも、“いないふう”にしてる。
そのほうが、やさしくされることがあるから。
お母さんの言葉がつづく。
“この子なりにって思うんですけど……”
そのあとに来るのは、いつも「でも」。
“でも、やっぱりできない”って。
聞こえてるよ。
ぜんぶ。
声も、気持ちも。
わたしのこと、信じてくれてないんだなって、思うよ。
第2章:お兄ちゃんってすごいんだって
お兄ちゃんは、なんでもできる。
ごはんもきれいに食べるし、学校でもほめられる。
テストの紙を見せて、「こんなにできたよ」って言ったとき、お母さんはすごくうれしそうだった。
わたしは、その横で静かにしてた。
だって、わたしが出す紙は、ちょっとくしゃってなってて、字もぐにゃぐにゃで、
「どうしてここ、間違えたの?」って、すぐ聞かれちゃうから。
お兄ちゃんは、すごいんだって。
みんながそう言うから、きっとほんとうにすごいんだと思う。
でも、すごいって、なんだろう。
字がきれいなこと?
わすれものしないこと?
テストで点がとれること?
わたしにも、できることあるよ。
お絵かきとか、リズムとるのとか、夜に空をじーっと見てるのとか。
でも、それは「すごい」って言われない。
「そんなことより、明日の準備しなさい」って言われるだけ。
お兄ちゃんは、言われなくてもできる。
でも、わたしは言われてもできないことがある。
だから、わたしは「すごくない子」なんだって、思ってた。
でも──わたし、お兄ちゃんのこと、きらいじゃない。
わかってるの。お兄ちゃんは、わたしにやさしい。
「お母さん、そんな怒らなくても」って、小さい声で言ってくれるときもある。
お兄ちゃんの部屋、ちょっとだけいいにおいがする。
本がいっぱいあって、字がむずかしくて、それでもすごく落ち着く。
わたしも、あんなふうになりたいな、って思ったことがある。
けど、お母さんが「この子は、お兄ちゃんとは違って」って言うたびに、
わたしは、“ちがうままでいるしかないんだ”って思っちゃう。
ちがっていいって言われたいのに、
ちがうねって言われると、さみしくなるのはなんでだろう。
第3章:わたしのがんばり方
わたしは、がんばってる。
ちゃんと朝起きるようにしてるし、学校にも行ってるし、
音読だって、できるかぎり声を出してる。
でも、がんばってるのに、「もっとがんばって」って言われる。
いっしょうけんめいイスにすわってても、
「ちゃんと聞いてる?」って言われる。
聞いてるよ。ちゃんと聞いてる。
でも、耳から入ったことが、頭の中ですぐにどこか行っちゃうことがある。
だから、“ぼーっとしてる”って言われるんだと思う。
わたしは、そんなつもりじゃないのに。
ノートもがんばって書いてるけど、
文字がなんだか、うまく並んでくれない。
「ていねいに書こうね」って言われると、
わたしの“がんばった形”は、まるで無かったことになる。
そんなの、さみしい。
わたしの中では、ちゃんと動いてるのに。
ことばを考えてるし、友だちの気持ちも、なんとなくわかるし、
困ってそうな子がいると、声はかけられなくても、そばに行ってみたりしてる。
お兄ちゃんみたいに、すぐに正しいことは言えないけど、
でも、わたしなりのやさしさとか、気づきとか、ちゃんとあるのに──
だれにも気づかれない。
わたし、もっとちがう形だったら、ほめてもらえたのかな?
わたしの「がんばり方」が、だれかの目に見える形だったら、
お母さん、うれしいって言ってくれたのかな?
ねえ、どうして“わたしなりに”は、“ちゃんと”じゃないの?
第4章:沈黙の教室
教室に入ると、音がいっぱいに広がる。
イスを引く音、先生の声、みんなの笑い声──
それが、ぜんぶ、わたしのまわりに、ぶわってかぶさってくる。
すこし苦しくなる。
でも、「苦しい」って言ったことは、ない。
みんなが平気な顔してるのに、自分だけヘンだって思われたくないから。
わたしのイスは、前から二番目。
黒板がちょっと見づらいけど、だまってる。
先生が話してるとき、わたしは、ちゃんと聞こうとしてる。
でも、音がふえてくると、頭の中がぐるぐるしてきて、
先生の言葉が、うすーくなっていく。
目を見て、うなずく子がいる。
手を挙げて、答える子がいる。
「えらいね」って言われてる。
わたしは、黙ってる。
声に出すと、なんだかうまくいかなくなりそうだから。
でも、黙ってるだけで「ぼーっとしてる」って言われる。
違うよ。
わたし、考えてるんだよ。
この問題、むずかしいな、とか、
さっきの友だちの答え、おもしろかったな、とか。
でも、それをうまく言えないだけ。
ノートに書く時間、わたしは文字がへんなふうになる。
「ていねいに」って先生に言われるけど、
わたしの手は、いつも言うことをきいてくれない。
給食のとき、みんながしゃべってる話題にも、
うまく入れない。声の速さについていけない。
わたし、いるのに、いないみたい。
でもね、ここにいるよ。ちゃんと。
ただ、わたしの“感じてる世界”は、
まわりの子たちの世界と、ちょっとちがうだけ。
第5章:面談の部屋
白い机と、イスが三つ。
いつもとちがう教室。ちょっとだけ、お医者さんの部屋みたいなにおいがする。
わたしは、母さんといっしょに座ってる。
手はじっとしてるけど、心の中は、ぐるぐる動いてる。
先生の顔は見ない。
母さんの顔も、見ない。
でも、ふたりの声は、ちゃんと耳に入ってくる。
「この子は……お兄ちゃんとは違って、ちょっと苦手なことが多くて」
ああ、またその言い方。
「先生にも言われるんです。“もう少し集中できるように”って……」
たしかに、わたしはずっと集中できない。
でも、それはわたしがサボってるんじゃない。
わたしの“世界”は、みんなのより音が大きくて、光が強くて、言葉が飛んでくる速さが速すぎるだけ。
「お兄ちゃんは、本当に手がかからなかったんです。今も学級委員してて……」
お兄ちゃんのことを話す母さんの声は、ちょっと明るい。
でも、わたしの話になると、声が小さくなる。
それはきっと、悲しいからじゃない。“困ってる”って声。
「“この子なりに”って思うんですけど……やっぱり比べてしまって……」
その言葉、いつもわたしの心の中に、小さく針を刺す。
──わたし、“この子なり”のままでいて、だめなの?
先生は何も言わない。でも、うなずいてる音がした。
ペンが紙をこする音も聞こえた。
「兄と比べる傾向あり」って、書いたのかもしれない。
わたし、見てないのに、わかる。
母さんは、少し泣きそうな声になって言った。
「わたしがダメなのかって、思ってしまうんです」
わたしも、そう思うよ。
わたしがダメだから、お母さんがつらくなってるんじゃないかって、
ずっと、思ってる。
でも、それを言ったら、もっと困らせちゃう気がするから、言わない。
ふいに立ち上がる時間が来た。
わたしはゆっくり立って、先生のほうを見た。
目が合った。
その目は、たぶん──ちょっとだけ、あたたかかった。
だから、わたしもうなずいた。
何も言ってないけど、言った気がした。
「ぜんぶ、聞こえてたよ」
第6章:比べられても、わたしは
お兄ちゃんみたいになれなくても、
わたしは、わたしのままで、生きている。
うまく話せなくても、
ちゃんと聞いている。
声にできなくても、ちゃんと思ってる。
「どうしてできないの?」って言われても、
わたしはずっと、できるようになりたかった。
けど、
できるってなんだろう。
がんばってるって、どういうこと?
たぶん、わたしの「がんばり方」は、
見えにくいだけなんだ。
うまく出てこないだけなんだ。
それをわかってくれたらいいな、って思ってた。
でも、誰も気づかないまま時間はすぎていって──
そのうち、わたしも言わなくなった。
だけど、あのとき。
先生と目が合ったとき。
なにも言ってないのに、わたしの中にあったことが、
すこしだけ届いた気がした。
うんって、わたしがうなずいたのは、
「わたし、ここにいるよ」っていうサインだったんだ。
言葉にならなくても、ちゃんと存在してる。
比べられても、消えない。
できなくても、価値がないわけじゃない。
だって、わたしは──
わたしとして、生きてるんだから。
