陰謀論を生み出しているのは誰か
――異常値とストーリー依存の構造について
陰謀論という言葉が出ると、多くの場合こう処理される。
「非科学的」「頭がおかしい」「統計も読めない人たち」。
確かに、異常値ひとつを取り出して
「これが決定的証拠だ!」
と断定するのは、論理として雑だし危険だ。
でも一方で、ずっと引っかかっていることがある。
異常値を“決定的証拠”にしているのは陰謀論者だけなのか?
異常値をめぐる、いつもの対立
よくある構図はこうだ。
陰謀論側
→「この赤い点を見ろ。公式ストーリーは嘘だ」機関・専門家側
→「それはノイズ。全体傾向を見ろ」
ここまでは正しい。
相関や傾向を無視して、1点から結論を出すのは科学じゃない。
でも、ここで終わらせていいのか?という疑問が残る。
もう一つの事実
異常値は“否定”されているのではなく、“語られていない”
多くの場合、異常値はこう扱われる。
本文では触れない
脚注で軽く処理する
「除外しました」とだけ書く
あるいは、完全に無視する
理由はだいたい分かっている。
仮説が崩れる可能性がある
再検証すると論文が書けない
予算・査読・評価制度に合わない
「未解決です」と言うと弱く見える
つまりこれは隠蔽というより、ストーリー維持のための沈黙だ。
ここで逆転が起きる
この状態を外から見ると、どう見えるか。
なぜ説明しない?
なぜ正面から扱わない?
なぜ「問題ない」と言い切れない?
そう思われた瞬間、陰謀論は「一理ある」顔をし始める。
重要なのはここだ。
陰謀論の問いは、間違っていない。
間違っているのは、答えの作り方だけだ。
実は、双方とも同じことをしている
ここが一番言いたいところ。
陰謀論側
→ 異常値 1点 を根拠に、新しいストーリーを作る機関側
→ 全体ストーリーを守るため、異常値を語らない
どちらも「異常値を材料に物語を作っている」
違いは、
陰謀論は 過剰に語る
機関は 語らなさすぎる
ただそれだけだ。
本当の問題は、異常値ではない
異常値そのものは善でも悪でもない。
測定ミスかもしれない
別の母集団かもしれない
未発見のメカニズムかもしれない
問題なのは、こう言えないことだ。
「この点は、今のモデルでは説明できない。
だから未解決問題として保留する。」
これを言えない社会構造が、
陰謀論を生み
科学不信を育て
極端な二択を作る
地獄の二択が出来上がる
結果、世の中にはこの選択肢しか残らない。
A:
「専門家が言ってるから信じろ(説明なし)」B:
「専門家は隠してる!これが真実だ!(断定)」
“保留”という知性の居場所が消える。
結論
陰謀論を生み出しているのは、異常値でも、愚かな大衆でもない。
ストーリーを疑えない機関と、ストーリーを信じられなくなった人間のあいだに生まれた「説明されなかった空白」だ。
異常値は、
信じるものでも
捨てるものでもない
預かるものだ。
それを語る体力を失ったとき、“決定的証拠”は、必ずどこかで捏造される。
