つまらない趣味とは、行為ではなく態度である
よく「つまらない趣味」という言い方を見かける。
読書。
映画鑑賞。
カフェ巡り。
美術館。
こうした言葉だけを見ると、たしかにテンプレのようにも見える。
でも本当に“つまらない”のは、その行為そのものだろうか。
私はそうは思わない。
つまらないのは行為ではない。
態度だと思う。
同じ読書でも違いは大きい。
流行っている本を一冊読み、「読書が趣味です」と書く人もいれば、
一冊の本から時代背景や思想の変遷まで辿っていく人もいる。
同じ映画でも、
「人気だから観た」
で終わるのか、
「この時代にこの演出が選ばれた意味は何か」
まで考えるのかで、まるで別物になる。
行為はただの器にすぎない。
そこに何を見て、何を感じ、どう世界と接続するか。
面白さはそこに宿る。
だから、読書 / 映画 / カフェ巡り / 美術館
という並びがつまらないのではない。
それをプロフィールの装飾として置いているだけなら薄く見えるし、
そこに自分だけの視点や熱があれば一気に深くなる。
たとえばそれらを通じて「時代めぐり」をしている人なら、
趣味は単なる行為の列挙ではなく、世界の歩き方になる。
結局、趣味とは何をしているかではなく、
どう向き合っているかなのだと思う。
つまらない趣味とは、行為ではなく態度である。
