「一利一害」はメリット・デメリットではない
「一利一害」と聞くと、多くの人は
「メリットもあればデメリットもある。」
という意味で理解する。
しかし、本当にそうなのだろうか。
私は少し違う見方ができるように思う。
現代では「害」を損失や不利益として考え過ぎている。
だから害が現れると、
「どう消すか。」
ばかりを考えてしまう。
しかし、害は本当に損失なのだろうか。
例えば筋トレは筋肉を傷つける。
ワクチンは身体へ負荷を与える。
失敗は時間や労力を失わせる。
どれも「害」は存在する。
しかし、その害があるからこそ、新たな益が生まれている。
つまり、害は単なる損失ではなく、変化を生み出す作用でもある。
逆もまた同じである。
利益だけを追い求めれば、
環境破壊、格差、慢心、依存といった新たな害を生む。
利は害を生み、
害は利を生む。
この循環は切り離せない。
だから「一利一害」は、
メリットとデメリットを並べる言葉ではない。
一つの作用が、別の作用を生み続ける構造そのものを表しているのではないだろうか。
もし害を「損失」としか見なければ、
私たちは害を理解することなく、ただ排除しようとする。
しかし害が何を生み、何を促し、何を警告しているのかを見ることができれば、
対策そのものも変わってくる。
害をなくすことではなく、
害とどう向き合い、どう活かすか。
そこに本当の知恵があるように思う。
「一利一害」とは、
利益と損失を数える言葉ではない。
利が何を生み、
害が何を生むのか。
その因果の流れを見失わないための言葉なのかもしれない。
