暗渡陳倉は「裏道を通る計略」ではない──探索空間を制限する計略である
三十六計第八計「暗渡陳倉(あんとちんそう)」は、多くの場合、
「表向きとは別のルートから密かに攻める計略」
として説明される。
もちろん、それも戦場での具体例としては正しい。
しかし、本質は「裏道を通ること」ではない。
重要なのは、
相手の探索範囲を限定すること
にある。
人は「見えている選択肢」の中から考える
人は常に無限の可能性を考えているわけではない。
目の前に提示された選択肢の中で問題を解こうとする。
例えば、
AかBか
WindowsかMacか
賛成か反対か
と提示されれば、多くの人はその中で比較を始める。
しかし、本当は
Cという方法
何もしないという選択
全く別のアプローチ
が存在するかもしれない。
それでも、人は見えていない選択肢まで積極的に探そうとはしない。
思考は「探索空間」の中で行われる
認知は次のように進む。
提示された選択肢
A
B
↓
思考開始
↓
AとBを比較
↓
結論
もし本当は
A
B
C
D
が存在していても、
CとDが見えていなければ、
検討すらされないことが多い。
つまり、
選択肢を隠すことは、思考空間そのものを狭めることなのである。
暗渡陳倉は「裏道」を使う計略ではない
暗渡陳倉で重要なのは、
裏道が存在することではない。
相手に
「こちらだけ見ていれば十分だ」
と思わせることである。
つまり、
見える経路
↓
相手はそこへ注意を向ける
↓
探索終了
↓
本命は別経路から進む
となる。
裏道は隠れているから成功するのではない。
相手が探さなくなるから成功するのである。
現代社会でも同じことが起こる
この構造は現代にも数多く存在する。
例えば、
メニューに載っていない商品は注文されにくい
UIで目立たない機能は使われにくい
「賛成か反対か」の議論では第三の案が忘れられる
検索結果に表示されない情報は存在しないかのように扱われる
どれも、
探索空間が設計されている
という点で共通している。
アルゴリズムも探索空間を狭める
現代では、人だけではなくアルゴリズムも探索空間を形成している。
おすすめ機能は、
おすすめ
↓
クリック
↓
類似コンテンツ
↓
さらに類似コンテンツ
という流れを作る。
目的は利便性の向上であり、悪意ではない。
しかし結果として、
ユーザーは提示された範囲だけを探索しやすくなる。
つまり、
アルゴリズムは意図せず探索空間を収束させるのである。
暗渡陳倉の本質
暗渡陳倉は、
「裏道から攻める兵法」
ではない。
相手が探索する範囲そのものを設計する兵法
である。
人は見えている選択肢の中で判断し、
見えていない選択肢は存在していても検討しないことが多い。
だからこそ、
本当に警戒すべきなのは裏道ではない。
「自分は提示された選択肢だけで考えていないか」
という認知そのものなのである。
