無意識
誰にも見つけられなかった“支え”があった。
母子家庭で、双子の弟たちの育児に追われる母。
家の中には、もう一人──何も言わず、何も求めず、
ただ“そこにいた”長女がいた。
相談に訪れたのは、母の疲労と制度の壁について。
けれどその背後で、声も上げずに家庭を支えていた存在がいたことに、
誰も、すぐには気づけなかった。
この物語は、支援の枠からも、家族の視線からもこぼれ落ちた、
“名前のない存在”が静かに名付けられていくまでの記録。
支えたことも、誰にも言わずに。
褒められることもなく、ただ沈黙の中にいた少女が、
ほんの一瞬、呼ばれた気がした──
「おはよう」と。
わたしは、ここにいた。
それだけのことが、ずっと欲しかった。
#創作大賞2025
第1章 「部屋にこもってるだけ」って言われた。
帰ってきたとき、弟の泣き声がもう聞こえてた。
「ママー!」って叫んでるのも。
うるさくて、玄関のドア閉める音さえかき消されるくらい。
靴を脱いで、黙って自分の部屋に向かう。
リュックを床に置いて、制服のままスマホをつかんでベッドに倒れ込んだ。
──毎日、だいたいこんな感じ。
この前、母が誰かと話してた。
「最近、あの子スマホばっかりで」
多分、保健センターの人だと思う。
そのとき、私は部屋にいた。ドアの向こうで、ただ聞いてた。
別に怒ったわけじゃない。
でも、なんか、ちょっとだけ──
ちがうな、って思った。
スマホ、見てるよ。そりゃ。
でも、泣き止まなかったら部屋から出る。
「ママもうすぐ来るよ」とか、
お菓子を出して、黙って渡したりすることもある。
抱っこは、たまに。気分によるけど。
正直、めんどくさいって思う。
うるさいし、こっちまで頭痛くなるし。
けど、誰も止めないから、私が行くしかないときがある。
放っとくのもしんどいし。
だから、やる。
……それだけ。
それを「えらいね」って言われたことはないし、
自分でも「助けてる」なんて思ったことない。
ただ、そういう感じだったから、そうしてただけ。
学校の先生には「落ち着いてるね」とか言われる。
でもそれって別に、頑張ってるわけじゃない。
慣れただけ。
たまに、わかんなくなる。
自分がちゃんと“いる”のかどうか。
何しても見られてないし、
何してなくても、見られてない。
母のことは、悪くないと思ってる。
仕事もあるし、弟も小さいし、大変なのは見てればわかる。
でも──
「スマホばっかりで」って言われたとき、
私は、そこに“いたこと”すら気づかれてなかったんだって思った。
スマホを見てるのは、
現実からちょっと離れたくて、
誰かと、どっかでつながってたいだけ。
……ほんと、それだけ。
第2章 支援って、どこまでが支援なんですか?
「最近、あの子スマホばっかりで」
そう言ったとき、私は別に責めたつもりはなかった。
ただ、今の様子を説明しただけ。
保健センターの人が聞いてきたから、そう答えただけだった。
でも、相手の顔がほんの一瞬だけ止まった気がして、
なんとなく胸の奥がざわっとした。
上の子は中学生。
手がかからなくなった──と思ってた。
部屋にいる時間が増えて、会話も少なくなったけど、
思春期って、そういうもんでしょ?って思い込んでた。
下の子は2人。
まだ保育園児。
仕事から帰ってきてから、寝かしつけるまでの数時間は、
ほぼ“戦争”みたいなものだ。
ご飯を作っている間も、2人で泣いたり、喧嘩したり、
誰かがこぼして、誰かがこけて、誰かが「ママー!!!」って叫んでる。
毎日、誰かが泣いてる。
でも、立ち止まれない。
見てる余裕も、止める余裕もない。
せめて、今日の晩ご飯だけでも終わらせなきゃって思ってるうちに、
もう21時を回ってる。
最近は、誰とも喋ってない日が増えた。
テレビの音と子どもの声と、自分のため息だけが部屋の空気を占めてる。
夫と別れてから、もう5年。
誰かに何かを頼るという感覚も、どこか遠くに置いてきた気がする。
この前、保健師さんに言われた。
「お姉ちゃんの発達面で気になること、ありますか?」
私は、「特には」と答えた。
ほんとうに、わからなかった。
学校からは何も言われてない。
先生からは「しっかりしてますよ」と言われる。
忘れ物もないし、保護者面談でも特に問題は出なかった。
それで、安心してた。
“ちゃんとやれてる”って、思ってた。
療育は空きがないし、相談窓口にかけても「現在ご案内できるところはなくて…」で終わる。
母子家庭向けの制度も、「フルタイム勤務でなければ対象外です」って言われた。
午前と夕方に掛け持ちしてても、それは“フルタイム”じゃないらしい。
なんどもなんども、書類を書いて、窓口で説明して、
「こちらの条件では…」って言われて、
もう、“あるって言われてる制度”が全部嘘に思えてくる。
それでも、子どもたちは生きている。
朝起きて、学校と保育園に行って、帰ってきて寝る。
私は、働いて、ご飯作って、また朝がくる。
だから、たぶん──やれてるんだと思ってた。
上の子が、何を考えてるか、最近本当にわからない。
「反抗期なのかも」って思うけど、
それにしては、静かすぎる。
ご飯を食べたのかも、よく覚えてない。
声をかけるタイミングも、わからなくなってきた。
だけど──
私には何もできない。
この毎日を回すだけで精一杯で、
上の子の顔を見る余裕なんて、もうずっとなかったのかもしれない。
「支援って、どこまでが支援なんですか?」
私たちは、“条件”にならなきゃ届かない?
声を上げなきゃ、見つけてもらえない?
「もう限界です」って言わなきゃ、誰も来てくれない?
下の子の泣き声が、また重なっている。
誰かが泣いて、誰かが騒いで。
でも、火は止められないし、鍋は焦げるし、
私は今、この瞬間すら、動き続けてないと崩れそうで。
……ほんと、それだけ。
第3章 気づいたときには、もう“いい子”だった。
気づいたら、何も言わないようになってた。
誰に、いつから、じゃなくて──
ただ、言うことが減った。
声が小さくなった、とかじゃなくて、
言う必要がなくなっていった感じ。
小さい頃は、母に何でも言ってた気がする。
今日学校で何があったとか、給食がまずかったとか、
テレビで見た犬がかわいかったとか──
どうでもいい話をたくさんしてた。
でも、いつの間にか、話す前に止めるようになってた。
“今、言ってもしょうがないかな”って。
弟たちが騒いでる中で、母は台所にいて、
疲れてるのがわかるから、言わなかった。
そのうち、言いたいことも忘れてった。
母は大変だってわかってるし、
弟たちが小さいのもわかってる。
誰も悪くないのも、ちゃんとわかってる。
でも。
たまに、ものすごく静かになった瞬間がある。
弟たちが寝て、母が洗濯物を干してるときとか、
テレビが消えて、部屋に音が何もないときとか。
そういうとき、なんか、
「ここに私、いたっけ?」って思う。
ご飯は自分でよそう。
風呂は空いてるときに勝手に入る。
洗濯物も、たまに自分のだけ取り込む。
全部、誰にも言われてないけど、そうするのが普通になった。
先生に「ちゃんとしてるね」って言われる。
母には「助かる」って言われたことはないけど、
何も言われないってことは、
“できてる”って思われてるってことなんだろうな、と思ってた。
だけど本当は、“ちゃんとしてる”って言われるたびに、
なんか遠くに置かれていく気がしてた。
自分がそこにいた証拠じゃなくて、
“そこにいなくても困らない存在”として整理されていく感じ。
最近、自分が何が好きだったのかもわからなくなってきた。
何が楽しくて、何にムカついてたのかも、うまく思い出せない。
泣いた記憶も、あんまりない。
泣いてないわけじゃないと思うけど、
多分、泣くタイミングがなくて、そのまま過ぎてっただけ。
「気づいたときには、もう“いい子”だった」──
って、そんなセリフを誰かが言ってた気がするけど、
今の私には、それがちょっとだけ、わかる気がする。
私、たぶん、
“いい子”になりたかったんじゃなくて、
“何も起きない存在”でいたかっただけなんだと思う。
……ほんと、それだけ。
第4章 それでも、制度は名前を呼ばない。
母子家庭、下の子は双子。
制度的には、支援が届きやすい条件がそろっているように見える。
でも、それだけでは語れないものがあった。
母親が口にしたのは「上の子がスマホばかりで、何を考えてるかわからない」という曖昧な不安だった。
最初は「発達の面で気になることがあるかもしれない」と話していたが、
話を重ねていくうちに、違和感は“行動”ではなく、“空気”にあった。
その子は、怒るわけでも、騒ぐわけでもない。
ただ、家の中で“気配の薄い子”になっている。
本人も、母も、それにあまり自覚がないままに。
私は知っている。
「問題が明確に定義されていない子」は、制度の中で“支援対象”とはみなされない。
発達検査で診断がつくなら、支援の選択肢はある。
けれど、
“何も困っていないように見える”というだけで、
“何もない子”として扱われてしまうことがある。
でも本当にこの子は“困っていない”んだろうか?
もしかしたら、ずっと何かを我慢していて、
それがあまりにも“自然に”生活の中に溶け込んでしまっただけかもしれない。
母親の話し方から、家庭の重さは十分に伝わってきた。
下の子たちの声、生活のスケジュール、制度とのすれ違い。
すべての中で、
“上の子の存在だけが、静かに省略されていた”。
制度では、その子に名前があっても、
支援枠はない。
記録上は「問題なし」で処理される。
でも──
“名前が呼ばれなかった子”こそが、
いちばん、支援を必要としていることがある。
そう思っても、私は「対象ではありません」としか言えない。
その矛盾が、何より苦しかった。
第5章 あなたがいたから、私は生きてた。
双子が寝た夜は、静かだ。
けれどその静けさが、いつもより少しだけ怖かった。
テレビを消して、食器を片付けて、最後の洗濯物を干し終えた。
そのときふと、上の子の部屋のドアが少しだけ開いていて、
そこから漏れる薄暗い光と、まったく動かない空気に気づいた。
「……寝たの?」と声をかけようとして、やめた。
返事がないのは、きっとイヤホンでもしてるんだろう。
それとも、もう聞こえない場所に行ってしまったんだろうか。
最近、上の子と話をしていない。
いつからだったか、ちゃんと思い出せない。
でも、何かおかしいと思い始めたのは、ここ最近だった気がする。
下の子たちが泣いてるとき、
私はいつも必死でご飯を作ってた。
でも、いつの間にか静かになってることがよくあった。
「泣き止んだな」くらいにしか思ってなかった。
けれど今思えば、
私が目を離していた間、
誰がその泣き声を止めてくれていたんだろう。
「助かる」とか、「ありがとう」とか、言ったことがない。
頼んだことも、頼られたこともない。
だから、何も気づいていなかった。
私はずっと「誰にも頼れなかった」と思ってた。
でもそれは違った。
“誰かが、何も言わずに、ずっと支えてくれていた”。
その誰かは──上の子だった。
私が、「もう無理かもしれない」と思いながらも、
なんとか今日まで生きてこれたのは、
きっと、あの子が“何も言わずに”いてくれたからだ。
でも、それは支えでもあるけれど──
同時に、ひどく残酷なことでもあったと思う。
“何も言わない子”は、存在ごと、忘れられてしまう。
“困らない子”は、誰からも助けてもらえない。
“ちゃんとしてる子”は、どこまでも、ひとりで歩かされる。
気づいてしまった今、私はもう“気づかないふり”はできない。
でも、何をどうすればいいのかも、わからない。
だから、せめて。
明日の朝、
「おはよう」の声をかけようと思う。
それが返ってこなかったとしても。
あなたがいたから、私は生きてた。
今さらだけど、それだけは──ちゃんと、言いたい。
第6章 わたしは、ここにいた。
朝、ドアの向こうから声が聞こえた。
「……おはよう」
一瞬、誰に言ってるのかわからなかった。
双子を起こす声にしては小さくて、
独り言にしては、こちらに向いていた気がした。
わたしは返事をしなかった。
でも、ベッドの中で目は覚めていた。
スマホの画面を見ながら、心のどこかが、少しだけざわついた。
おはよう。
その言葉を聞くのは、久しぶりだった。
別にそれで何かが変わったわけじゃない。
今日も学校に行くし、弟たちはうるさいし、
母はきっとまた時間に追われて、
わたしも部屋に戻って、スマホを見ながら一日を終える。
でも、「おはよう」って言われたことで、
“誰かに向かっていた”声が、自分に届いた気がした。
それがたった一度きりだとしても、
一瞬だけでも、わたしが“ここにいた”ことを認められた気がした。
誰も見てなかったこと、
誰も褒めてくれなかったこと、
それがつらかったかどうかも、もうよくわからない。
でも、きっと、
わたしは“誰にも見つけてもらえなかったこと”より、
“いなかったことにされる”のがいちばんこわかったんだと思う。
だから今日、返事はしなかったけど、
“ちゃんと聞こえてたよ”ってことだけは、
自分の中でそっと残しておこうと思った。
誰も気づかなくても、
支援の名前がつかなくても、
わたしは、ここにいた。
ちゃんと、ここで生きてた。
……ほんと、それだけ。
