立場を求める人は、立ち続ける意思がある人

立場とは、
ただ所属するためのものではない。

文字通り、
「立つ場所」だ。

だから本来、
立場を求めるという行為は、
そこに立ち続ける意思を持つということでもある。


しかし現代は、
「立場を得ること」だけが目的化している。

所属。
肩書き。
界隈。
陣営。
専門性。

“どこに立っているか”だけが重要視され、
“立ち続けられるか”は軽視される。

だが、
立ち続けるという行為には負荷がある。

脚は消耗する。


短期的な負荷は、
脚を鍛えるかもしれない。

だが、
休養なき立脚は、
いずれ脚を壊す。

それは精神論ではなく構造だ。

人は、
立ち続けるために回復を必要とする。


本来なら社会や界隈には、

・前線
・観測所
・休憩所
・療養所
・離脱地点

が必要だった。

だがSNSは、
すべてを“常時ステージ”化した。

立ち続け、
発信し続け、
反応し続けることを求める。

すると、
休むことに恐怖が生まれる。

立場を降りることが、
存在の消失に感じられるからだ。


だが本当に危険なのは、
休むことではない。

休めないことだ。

療養所なき立場は、
消耗戦になる。

そして、
意思なく立場だけを求めた人ほど、
その負荷に耐えられず壊れていく。


立場とは、
立つ場所である前に、
安心して座れる場所が必要なのかもしれない。

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