打草驚蛇は「反応を見る計略」ではない──認知閾値を測定する計略である


草を叩く目的は蛇ではない

三十六計第十三計「打草驚蛇(だそうきょうだ)」は、
「小さな刺激を与え、隠れた相手の反応を見る計略」
と説明されることが多い。
もちろん、それも間違いではない。
しかし、本当に重要なのは、
なぜ刺激を与えるのか
という点である。
草を叩く目的は、
蛇を驚かせることではない。
蛇がどのような刺激で動くのかを知ること
なのである。

生物は重要な変化だけに反応する

生物は、
すべての刺激に反応していては生きていけない。
風が吹くたびに逃げれば、
体力が尽きる。
だから、
生物は
自分にとって重要だと判断した変化だけ
に反応する。
つまり、
反応とは、
その対象にとって
「無視できない変化」
なのである。

刺激は相手を知るための実験である

相手の内部状態は見えない。
だから、
小さな刺激を与える。
すると、
反応が返ってくる。
攻撃する。
逃げる。
警戒する。
無視する。
この違いから、
相手が何を重要視しているのか、
どの程度の刺激で動くのかが分かる。
つまり、
打草驚蛇とは、
相手を驚かせる兵法ではない。
相手の認知を測定するための実験なのである。

認知閾値を知れば戦い方が変わる

刺激を与え続けることで、
相手の認知閾値が分かる。
どこまでなら反応しないのか。
どこから警戒するのか。
どこで本気になるのか。
その情報が分かれば、
戦い方は大きく変わる。
反応を引き出したいなら、
閾値を超える刺激を与える。
逆に、
相手に気付かれず弱らせたいなら、
閾値を超えない刺激を積み重ねればよい。
補給を少しずつ減らす。
負担を少しずつ増やす。
資源を少しずつ削る。
相手は反応しない。
しかし、
確実に消耗していく。
だから打草驚蛇は、
一度の刺激で終わる兵法ではない。
認知閾値を測定し、その後の最適な戦略を決めるための兵法なのである。

おわりに

人は、
反応だけを見て相手を判断しがちである。
しかし、
重要なのは反応そのものではない。
どの刺激で反応したのか
である。
そこには、
相手が何を恐れ、
何を守り、
何を重要と考えているかが表れる。
打草驚蛇とは、
蛇を驚かせる兵法ではない。
刺激と反応を観察し、相手の認知閾値を測定することで、その後の最適な攻撃や交渉を設計する兵法なのである。

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