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The branching dreams theater


第1話 映画館での出会い

登戸駅前の雑居ビルの二階に、その映画館はあった。

階段の壁に貼られたポスターは、どれも聞いたことのないタイトルばかりだ。
小さなインディーズ映画館らしい。

新城慎一はしばらくそのポスターを眺めていた。

会社を辞めた帰りだった。

役所の机を片付けて、退職届を出して、
「お疲れ様でした」と言われて、
そのまま電車に乗った。

気がついたら登戸にいた。

家に帰る気はしなかった。

映画を観るつもりもなかった。

だが、気づけば階段を上がっていた。

受付でチケットを買う。

客席は二十席ほど。
半分も埋まっていない。

新城は真ん中あたりの席に座った。

照明が落ちる。

映画が始まった。

最初の二十分は黙って観ていた。

だが。

新城は小さく息を吐いた。

スクリーンの中で、主人公が選択を迫られている。

明らかにおかしい分岐だった。

新城は小さく呟く。

「……結局」

少し間。

「俺の思い通りにはいかない」

肩をすくめる。

「まあ、それが人生だよな」

すると後ろから声がした。

「わかってねーな」

新城は振り返る。

後ろの席に男が座っていた。

五十代くらい。
腕を組んでスクリーンを見ている。

男は画面を指した。

「この流れならな」

「絶対こっち行く」

新城は笑った。

「ですよね」

男は言う。

「なのに違う道行かせてる」

「脚本がビビってる」

新城は腕を組んだ。

「分岐の筋が通ってないんですよ」

男がちらっと見る。

「お前もわかるのか」

「まあ」

新城は肩をすくめる。

「この選択なら次はこうなる」

スクリーンを見る。

「普通そうなります」

男が言った。

「普通って言うな」

新城
「え?」

「映画は普通壊す仕事だ」

新城は少し黙った。

その時、前の席から小さな声がした。

「……あの」

二人が前を見る。

フードを被った若い男が振り返っていた。
ポップコーンを抱えている。

「すいません」

「ボクも……」

少し小さい声。

「そう思います…」

新城
「え?」

柏木

「この分岐だと……」

「さっきの選択の意味……」

「なくなっちゃうかなって……」

後ろの男が言う。

「お前もそう思うか」

柏木

「は、はい……」

男は小さく笑った。

「面白ぇな」

新城を見る。

「名前は?」

「新城です」

男は頷く。

「黒川」

前の席の男が言う。

「柏木です……」

三人はまたスクリーンを見る。

映画はまだ続いている。

だが新城の頭の中では、別のものが動き始めていた。

もし。

この分岐を全部作れたらどうなる。

そんな考えが、ふと浮かんだ。

新城は首を振る。

「……まあ」

小さく呟く。

「俺には関係ないか」

スクリーンの光が、静かに三人を照らしていた。


第2話 ガード下

映画館を出ると、登戸の夜はまだ騒がしかった。

駅前の飲み屋街から笑い声が聞こえる。
南武線の高架の下は、鉄の匂いが少し強い。

三人はガードレールの横で立ち止まった。

電車が頭の上を通る。

鉄の音が響く。

新城が言う。

「さっきの映画なんですけど」

黒川
「ん?」

新城

「分岐ありましたよね」

黒川
「あったな」

新城

「観客が選べる映画ってないんですか?」

黒川は少し笑った。

「ねぇよ」

煙草を取り出す。

火をつける。

煙を吐く。

「分岐はな」

「脚本が選ぶ」

「監督が選ぶ」

新城
「ですよね」

黒川

「観客に選ばせるもんじゃねぇ」

「見せるのは」

「俺らが納得した一本だ」

新城は少し考える。

「でも」

黒川
「ん?」

新城

「観客が選んだ方が合理的じゃないですか」

黒川

「合理?」

新城

「観客の数だけ分岐があるなら」

「観客に選ばせればいい」

黒川は煙草をくわえたまま黙る。

柏木が小さく言った。

「……あの」

二人が見る。

柏木

「それ……」

「ADVみたいですね」

黒川
「……?」

柏木

「アドベンチャー……」

黒川

「何?」

眉をしかめる。

「冒険活劇か?」

柏木

「……あ」

少し焦る。

「いや、その……」

「ゲームなんですけど……」

黒川
「ゲーム?」

柏木

「はい……」

「選択肢が出て……」

「物語が分岐して……」

「プレイヤーが選ぶっていう……」

少し小さくなる。

「……すいません」

新城が言う。

「分岐型のストーリーゲームですね」

黒川

「ふーん」

煙を吐く。

少し間。

「ゲームの話だな」

柏木

「……」

黒川

「映画じゃねぇ」

電車が頭の上を通る。

ガード下に鉄の音が響いた。

新城は少し笑う。

「ですよね」

少し間。

新城が言う。

「でも」

黒川
「ん?」

新城

「全部作れればいいんですよ」

黒川
「……?」

新城

「分岐」

「全部」

「作って」

「一番いいの選ぶ」

柏木

「……」

黒川は少し笑った。

「お前」

「変なこと言うな」

新城

「そうですか?」

黒川

「たまーにいるんだよ」

煙を吐く。

「こういうやつ」

柏木
「やつ……?」

黒川

「台本の構造とか気にし始めるやつ」

少し笑う。

「大体な」

「監督と衝突して消える」

新城

「はあ」

黒川

「でも」

煙草を落とす。

靴で踏み消す。

少し間。

「たまにいる」

「違う分野で大成するやつ」

新城

「……」

黒川

「だから面白ぇ」

黒川はポケットに手を入れた。

「そういや言ってなかったな」

新城
「はい?」

黒川

「俺」

「昔、映画やってた」

柏木
「え」

黒川

「監督」

新城
「……」

黒川

「まあ」

肩をすくめる。

「最近の作り方が気に食わなくてな」

「ほとんど廃業みたいなもんだ」

少し笑う。

「でもよ」

新城を見る。

「お前」

「意外と楽しそうなこと言う」

スマホを取り出す。

「なんかあったら連絡くれ」

「面白そうな匂いすっからよ」

少し笑う。

「俺こういう勘だけは冴えてんだわ」

スマホを差し出す。

「番号」

新城

「あ、はい」

黒川

「あと」

柏木を見る。

「お前も」

柏木
「え」

黒川

「一応だ」

「連絡先教えとけ」

柏木

「ボクもですか……?」

黒川

「一応な」

柏木

「は、はい……」

三人は連絡先を交換した。

黒川は背を向けて歩き出す。

「じゃあな」

南武線の電車が通る。

鉄の音。

新城はスマホを見た。

黒川の名前。

新城

「……映画監督か」

柏木

「すごい人なんですかね」

新城はスマホをポケットに入れる。

「さあ」

少し笑う。

「俺には関係ない話だ」


第3話 分岐

狛江のアパートは静かだった。

駅から少し歩いた古い建物で、階段を上ると軋む音がする。
新城は鍵を回して部屋に入った。

電気をつける。

机の上には何もない。

役所から持ち帰った荷物はまだ段ボールに入ったままだった。

新城は上着を脱ぎ、椅子に座る。

しばらく天井を見た。

静かだ。

役所にいた頃は、いつも誰かの声がしていた。

電話。
書類。
会議。

それが全部なくなると、妙に広い。

新城はスマホを取り出した。

ニュースアプリを開く。

指で画面を流す。

政治。

株。

AI。

そこで指が止まった。

「脳波を利用したAIインターフェースの研究」

新城は画面を開いた。

記事は短かった。

大学の研究チームが、脳波から感情状態を推定し、
AIシステムと連動させる実験を行っているという内容だった。

怒り。
緊張。
驚き。

そういう反応をリアルタイムで検知する。

新城は画面をスクロールした。

研究者のコメントが載っている。

「将来的にはエンターテインメントへの応用も期待されています」

新城は少し笑った。

「エンタメか」

スマホを机に置く。

ふと、昨日の会話を思い出す。

「分岐は脚本が選ぶ」

「観客に選ばせるもんじゃねぇ」

黒川の声。

新城は椅子に背中を預けた。

「観客が選ぶ」

小さく呟く。

「合理的なのに」

そういえば。

自分の人生は、
自分が選んできたはずなのに
選択肢は最初から並べられていた気がする。

しばらく考える。

スマホをもう一度手に取る。

記事を読み直す。

脳波。

感情。

AI。

新城の頭の中で、何かが繋がった。

「……待て」

立ち上がる。

部屋を少し歩く。

「観客が選ぶんじゃない」

机に手をつく。

「反応で分岐すればいい」

観客が驚く。

AIが検知する。

物語が変わる。

映画って、
基本は見せられるだけだ。

座って、
流れてくるものを受け取る。

選ぶことはできない。

新城は少し笑った。

「でも」

呟く。

「用意されているなら」

椅子に座る。

「それでも、選べる」

「全部作れれば」

呟く。

「分岐映画になる」

少し間。

首を振る。

「いや」

スマホを見る。

「違うな」

小さく笑う。

「分岐映画じゃない」

天井を見る。

「分岐する映画だ」

その時、ドアがノックされた。

新城は顔を上げる。

「慎一」

声がした。

「いるか?」

新城はドアを開けた。

立っていたのは兄だった。

スーツ姿。

ネクタイを緩めている。

新城
「智弘」

兄は部屋を見回した。

「まだ片付いてないのか」

新城
「今日帰ったばっかだし」

兄はため息をついた。

「仕事、本当に辞めたんだな」

新城
「辞めたよ」


「次は?」

新城
「決めてない」

兄は黙った。

少しして言う。

「まあ」

「お前の人生だ」

椅子に座る。

「でも」

「貯金は無駄遣いするなよ」

新城は笑った。

「銀行員っぽいこと言うな」


「銀行員だからな」

少し間。

兄はスマホを取り出した。

「母さんにはまだ言ってない」

新城
「そのうち言うよ」


「そうしろ」

しばらく沈黙。

兄は立ち上がった。

「じゃあな」

「また来る」

新城
「おう」

兄が帰る。

ドアが閉まる。

部屋はまた静かになった。

新城は机に座る。

スマホを見る。

連絡先。

黒川

昨日交換した番号。

新城は少し考えた。

「……映画なめんな」

黒川の声が頭に浮かぶ。

新城は小さく笑った。

「なめてないよ」

メッセージ画面を開く。

少し迷う。

それから打った。

「昨日の話なんですが」

指が止まる。

少し考える。

そして続ける。

「分岐映画、作れるかもしれません」

送信ボタンを押した。

スマホを机に置く。

新城は天井を見た。

「さて」

小さく呟く。

「どうなるかな」


第4話 研究室

翌日の昼。

南武線の車内はそれほど混んでいなかった。

新城は窓の外をぼんやり見ていた。

低いマンション。
駐車場。
コンビニ。

同じような風景が流れていく。

スマホが震えた。

黒川からだった。

メール送っといた研究者

新城は眉をひそめる。

返信する。

もうですか?

すぐ既読がつく。

さっきダメ元

少ししてもう一通。

研究所はダメだとよ

新城は画面を見た。

ダメ?

黒川から返事。

大学としては協力できないってさ
倫理審査がどうとか

新城はしばらく画面を見ていた。

それから返信する。

研究者本人は?

数秒。

既読。

そのあと。

知らん
今日出てくる時間調べた

新城は眉を上げた。

まさか

黒川から返信。

捕まえる

大学の研究棟は静かだった。

白い廊下。
蛍光灯の光。

新城が言う。

「本当にやるんですか」

黒川は肩をすくめた。

「研究者ってのはな」

「常識の外側に金払ってる連中だ」

廊下の奥の扉が開いた。

女性が一人出てくる。

ノートPCを抱えている。

黒川が声をかけた。

「雨宮さん?」

女性が止まる。

「……はい?」

警戒した目。

新城は少し焦る。

黒川が言う。

「メール送った黒川だ」

雨宮は少し考える。

「ああ」

でもすぐに表情が戻る。

「すみません」

「研究所としては協力できません」

黒川
「知ってる」

雨宮
「え?」

黒川
「だから外で聞いてる」

少し間。

雨宮は二人を見る。

「……どういうことですか」

黒川は顎で新城を指す。

「こいつの話だ」

新城は一歩出る。

「観客の反応で」

少し息を吸う。

「物語が分岐する映画を作りたいんです」

雨宮は黙った。

数秒。

それから言う。

「……映画?」

新城
「はい」

雨宮は少し考える。

それから静かに言う。

「理屈は通ってます」

黒川が笑う。

「普通引くとこだろ」

雨宮
「技術的にはできます」

少し間。

「脳波から感情推定は可能です」

黒川が眉を上げる。

「ほう」

雨宮
「ただ」

少し笑う。

「大学の研究としては無理ですね」

新城
「倫理審査ですか」

雨宮
「はい」

さらっと言う。

「時間がかかります」

少し肩をすくめる。

「研究室だと」

「やりたいことって結構制限されるんです」

黒川
「だろうな」

雨宮
「論文になるかどうか」

「それが基準になるので」

少し間。

「こういう外から来るアイデア」

「私は結構好きです」

新城
「外から?」

雨宮は少し笑う。

「研究者って」

「実行力ないですから」

それから続ける。

「でも」

新城と黒川を見る。

「個人の実験ならできます」

黒川が眉を上げる。

「大学は?」

雨宮
「関係ありません」

「これは私の個人プロジェクトです」

「技術って」

「使われないと意味ないので」

新城は小さく息を吐いた。

黒川が笑う。

「聞いたか」

「できるらしいぞ」

新城は言う。

「やります」

雨宮
「本当に?」

新城
「はい」

黒川が笑う。

「決まりだな」

雨宮は少し楽しそうに言った。

「じゃあ」

「最初の実験ですね」


第5話 DM

夜。

登戸のガード下は騒がしかった。

居酒屋の灯り。
油の匂い。
南武線が通るたび低い振動が落ちてくる。

黒川が缶ビールを開けた。

「で」

新城を見る。

「演者どうすんだ」

新城
「考えてません」

黒川
「だろうな」

一口飲む。

「役者ってのはな」

少し間。

「コネだ」

新城
「黒川さんは?」

黒川は肩をすくめた。

「昔はあった」

缶を揺らす。

「でもな」

「金ねぇ映画」

「変な企画」

少し笑う。

「誰もやらねぇ」

南武線が通る。

ガタン、と音が落ちる。

新城は柏木を見る。

「柏木」

柏木
「は、はい」

新城
「役者の知り合いいます?」

柏木は固まる。

「え」

黒川
「舞台とか」

柏木
「い、いや…」

視線が泳ぐ。

「その…」

少し小さく言う。

「VTuberなら…」

黒川
「なんだそれ」

新城
「配信者です」

柏木がスマホを取り出す。

画面を見せる。

双海若葉

配信のサムネイル。

黒川
「アニメじゃねぇか」

柏木
「でも…」

少し声が強くなる。

「舞台役者なんです」

新城
「舞台?」

柏木
「小さい劇団ですけど…」

黒川
「連絡取れるのか」

柏木は黙る。

少し間。

「……DMなら」

黒川が笑う。

「送れ」

柏木
「え」

黒川
「映画出ないかって」

柏木
「む、無理です!」

黒川
「なんでだ」

柏木
「ボクただのファンなんで…!」

新城
「でも」

柏木を見る。

「柏木のことは知ってるかもしれませんよ」

柏木
「え」

新城
「配信よく見てるんですよね」

柏木
「はい…」

新城
「名前覚えられてるかも」

柏木
「いや…」

黒川
「送れ」

柏木
「……」

柏木はスマホを見た。

画面には

双海若葉

指が少し震える。

DM画面を開く。

柏木
「な、なんて送れば…」

新城
「映画です」

黒川
「変な映画だ」

柏木
「それ余計怖いです…!」

柏木は少し考える。

それから打つ。

はじめまして
いつも配信見てます
柏木です

一度止まる。

深呼吸する。

突然すみません
映画の出演をお願いできないかと思いまして

送信。

柏木
「送っちゃいました…」

黒川
「おう」

新城
「返信来ますかね」

柏木
「来ないと思います…」

三人とも黙る。

電車が通る。

ガタン、と音が落ちる。

その時。

柏木のスマホが震えた。

柏木
「え」

画面を見る。

固まる。

黒川
「なんだ」

柏木
「返信…」

新城
「早いですね」

柏木が読み上げる。

柏木さん?
いつも配信来てくれてる方ですよね

柏木
「え」

完全に固まる。

続き。

映画ですか?
正直ちょっと怖いです

黒川が笑う。

「そりゃそうだ」

柏木は続きを読む。

でも
内容は気になります

少し間。

一度
人の多い場所で
お話聞いてもいいですか?

柏木は三人を見る。

「会うって…」

黒川
「おう」

新城
「次のステップですね」

柏木
「ぼ、ボクがですか…」

黒川が笑う。

「当然だろ」

柏木はスマホを見た。

震える指で返信を打つ。

ありがとうございます
僕だけじゃなくて
映画の人たちも一緒でいいですか

送信。

数秒。

返信。

もちろん
その方が安心です

新城は少し笑った。

「決まりですね」

黒川が言う。

「映画」

缶ビールを揺らす。

「始まってきたな」

柏木はまだスマホを見ていた。

小さくつぶやく。

「推しと…会う…」


第6話 初対面

平日の昼。

登戸駅前のカフェはそこそこ混んでいた。

学生。
パソコンを開く人。
昼休みの会社員。

柏木は落ち着かなかった。

スマホを見る。
また見る。

黒川が言う。

「まだか」

柏木
「も、もう来ると思います…」

新城はコーヒーを飲んでいた。

「柏木」

「そんなに緊張します?」

柏木
「だ、だって推しなんで…」

黒川
「推し?」

柏木
「いやその…」

店のドアが開く。

帽子をかぶった女性が入ってきた。

店内を見回す。

柏木と目が合う。

少し近づいてくる。

「柏木さん?」

柏木
「は、はい!」

女性は帽子を取った。

短い黒髪。

思っていたより普通の服装だった。

「双海若葉です」

軽く頭を下げる。

黒川
「黒川」

新城
「新城です」

若葉は席に座った。

三人を見る。

少し笑う。

「なんか」

「思ったより普通ですね」

黒川
「何だと思ってた」

若葉
「正直」

少し迷う。

「怪しい人」

柏木
「すみません!」

若葉は笑った。

「冗談です」

少し間。

それから言う。

「でも」

「映画の話って本当なんですか?」

新城
「はい」

若葉
「自主映画?」

黒川
「まあそんなもんだ」

若葉
「脚本あります?」

新城
「まだ構想段階です」

若葉
「……」

少し眉をひそめる。

「役は?」

黒川
「それもまだ」

若葉
「撮影は?」

新城
「未定です」

若葉
「公開予定は?」

黒川
「作れたら考える」

若葉は少し黙った。

コーヒーを一口飲む。

それから言う。

「演者って」

「私だけなんですか?」

黒川
「今のところな」

若葉
「他の人は?」

黒川は少し考える。

「脚本次第だな」

若葉
「脚本?」

黒川
「役が増えるかどうかは」

少し間。

「脚本と演技の出来だ」

若葉
「……」

黒川
「成立するなら増える」

「しないなら」

肩をすくめる。

「お前一人かもな」

若葉は少し笑った。

「すごい映画ですね」

新城
「変な映画です」

若葉
「内容聞いていいですか」

新城
「観客の反応で」

「物語が分岐する映画です」

若葉
「分岐?」

黒川
「俺はまだ映画と思ってねぇ」

新城
「観客の感情をAIで読み取ります」

「それで物語が変わる」

若葉は黙った。

数秒。

それから言う。

「変な映画ですね」

黒川
「だろ」

若葉
「でも」

少し考える。

「面白そうです」

柏木
「!」

若葉は続ける。

「ただ」

「今すぐ出演は決められません」

新城
「当然です」

若葉
「脚本もないし」

黒川
「作る」

若葉
「出来たら見せてください」

少し間。

「それから考えます」

新城はうなずいた。

「わかりました」

黒川
「断られたな」

若葉
「断ってません」

少し笑う。

「保留です」

柏木は小さく言う。

「推しと話してる…」

若葉
「聞こえてます」

柏木
「すみません!」

少し沈黙。

外で南武線が通る。

ガタン、と音が落ちる。

若葉は言った。

「あと」

新城を見る。

「劇団の人にも相談します」

黒川
「好きにしろ」

新城
「脚本は作ります」

若葉は席を立った。

「今日はありがとうございました」

柏木
「あ、ありがとうございました!」

若葉は店を出た。

三人はしばらく黙っていた。

黒川が言う。

「どうだ」

新城はコーヒーを飲んだ。

「悪くないですね」

柏木
「推しが…喋った…」

黒川
「お前落ち着け」

店の外でまた電車が通った。

駅のホーム。

若葉はスマホを出した。

検索する。

黒川 将

少しスクロールする。

「……へぇ」

小さくつぶやく。

「映画監督なんだ」

スマホを閉じる。

少し考える。

「変な映画だけど」

小さく笑う。

「ちょっと面白そう」


第7話 脚本

夜。

新城の部屋。

机の上にはノートパソコン。
コーヒーのカップ。
開きっぱなしのメモ帳。

画面にはまだ数行しかなかった。

観客の感情で分岐する映画

新城はキーボードを打つ。

止まる。

消す。

また打つ。

「……」

難しかった。

普通の映画なら

起  承  転  結

でいい。

でも今回は違う。

分岐

つまり

Aルート
Bルート
Cルート

が必要になる。

新城は頭をかいた。

「これ」

小さく言う。

「ゲームだな」

スマホが震えた。

柏木だった。

柏木

 双海さん
 劇団の人に相談したらしいです

新城

 どうでした?

少し間。

返信。

 変な映画って言われたらしいです

新城は少し笑った。

それはそうでしょう

柏木

 でも

 一人
 黒川さん知ってる人がいるらしいです

新城は止まった。

知ってる?

柏木

 映画オタクの人らしいです

 昔の映画結構見てるとか

新城

 なんて言ってました?

少しして返信。

「黒川将ってあの黒川?」って

新城は小さく笑った。

落ちぶれても

名前は残る。

その時。

スマホがもう一度震えた。

今度は黒川。

黒川

 書いてるか

新城

 一応

黒川

 持ってこい

 見る

新城

 まだ全然です

黒川

 いい

 途中でいい

 見せろ

翌日。

登戸のガード下。

昼間は人が少ない。

黒川はベンチに座っていた。

新城がノートPCを開く。

「ここまでです」

黒川は画面を見る。

黙る。

一分。

二分。

それから言った。

「説明が多い」

新城
「設定が複雑なので」

黒川
「観客は説明聞きに来てねぇ」

新城
「でも理解できないと」

黒川
「理解は後だ」

少し間。

「まず」

画面を指す。

「事件だ」

新城
「事件?」

黒川
「人が動く理由」

新城は少し黙った。

黒川は続ける。

「お前の脚本は」

画面を叩く。

「理屈だ」

新城
「理屈は必要です」

黒川
「当たり前だ」

少し笑う。

「でもな」

「映画は」

少し間。

「人だ」

新城は少し考えた。

それから言う。

「じゃあ」

「人を先にします」

黒川
「そうしろ」

その時。

柏木が走ってきた。

「すみません遅れました!」

黒川
「なんだ」

柏木
「双海さんからです」

スマホを見る。

「劇団の人」

「会いたいって」

黒川
「誰だ」

柏木
「映画好きの人らしいです」

黒川が笑った。

「面白ぇ」

新城
「また人が増えますね」

黒川
「映画ってのはな」

立ち上がる。

「人が増えるもんだ」

南武線が通った。

ガタン、と音が落ちる。

新城はノートPCを見る。

画面の脚本。

まだ数行。

でも。

少しだけ。

動き始めていた。


第8話 映画フリーク

下北沢の雑居ビルだった。

三階。

階段の壁には舞台のポスターが貼られている。

古い紙。
色あせた写真。

若葉がドアを開けた。

「ここです」

中は稽古場だった。

十人くらい人がいる。

ストレッチ。
発声。
台本。

柏木が小声で言う。

「……なんか」

「ちゃんと劇団ですね…」

黒川
「劇団だろ」

新城は周りを見ていた。

部屋の奥で一人の男がこちらを見ている。

三十代後半くらい。

少しぼんやりした顔。

その男が立ち上がった。

黒川を見て言う。

「……黒川将?」

黒川
「ん?」

男が近づく。

「黒川監督ですよね」

黒川
「監督じゃねえ」


「“海の底の街”」

黒川の動きが止まった。

男は少し笑う。

「大学の時見ました」

「新宿のミニシアター」

黒川
「……よく知ってんな」


「映画好きなんで」

若葉が言う。

「八幡さん」

「この人映画オタクなんです」

男は頭を下げた。

「八幡です」

黒川
「黒川」

八幡は新城を見る。

「分岐映画」

「やるんですよね」

新城
「はい」

八幡は少し考えた。

「面白そうですね」

黒川
「まだ何もできてねえ」

八幡
「でも」

少し笑う。

「映画って」

「途中が一番面白いじゃないですか」

黒川が笑った。

「変なやつだな」

若葉が腕を組む。

「八幡さん」

「出るつもり?」

八幡
「出たいですね」

柏木
「え」

八幡
「黒川の映画なら」

「安いですよ」

黒川
「今作ってねえよ」

八幡
「作るんでしょ」

黒川は新城を見る。

新城は少し考えた。

黒川
「試すか」

八幡
「何を?」

黒川
「芝居」

若葉が台本を渡す。

短いシーンだった。

若葉が演じる。

きれいだった。

舞台の芝居。

黒川は首を振る。

「違う」

若葉
「え?」

黒川
「作るな」

「立て」

若葉は戸惑う。

黒川は八幡を見る。

「お前」

「やれ」

八幡
「え」

台本を見る。

少し考える。

そして。

ただ立つ。

何もせず。

少しだけ視線を動かす。

沈黙。

黒川
「それだ」

若葉
「……え?」

柏木
「今の?」

新城も見ていた。

黒川
「作ってねえ」

八幡
「いや」

少し考える。

「黒川の映画」

「こういう人多いんで」

黒川が笑う。

「映画見すぎだ」

八幡
「はい」

黒川
「でも」

少し間。

「嫌いじゃねえ」

若葉はまだ納得していない。

「八幡さん」

「芝居下手ですよ?」

八幡
「知ってる」

稽古場が笑った。

新城はその光景を見ていた。

このチームは

また一人増えた。


第9話 脚本会議

新城の部屋だった。

六畳。

机の上にはノートとノートPC。

その周りに人が座っている。

黒川。
若葉。
柏木。
八幡。

雨宮はオンラインだった。
ノートPCの画面に映っている。

新城が言う。

「まず」

画面を指す。

「分岐構造です」

ノートPCには図が出ていた。

A

B1 / B2

C1 / C2 / C3

八幡が言う。

「ゲームみたいですね」

柏木
「ADV…」

黒川
「何?」

柏木
「え」

黒川
「冒険活劇か?」

柏木
「ちが…」

新城が言う。

「アドベンチャーゲームです」

黒川
「ゲームか」

腕を組む。

「映画じゃねえな」

新城
「構造は近いです」

黒川
「映画は構造じゃねえ」

新城
「観客の反応で」

「分岐します」

雨宮が画面の向こうで言う。

「脳波パターンで」

「恐怖」

「緊張」

「驚き」

「大体わかります」

少し間。

「ただ」

新城を見る。

「個人じゃなくて」

「総和です」

柏木
「総和?」

雨宮
「客席全体の反応」

「平均が動いたときだけ」

「分岐します」

黒川
「一人がビビっても?」

雨宮
「変わりません」

少し笑う。

「群れです」

八幡
「人数多い方がいい?」

雨宮
「逆です」

「多すぎると」

「平均が動きません」

若葉
「じゃあ」

「小さい劇場?」

雨宮
「はい」

「むしろ」

「実験に近いです」

黒川が笑う。

「映画館じゃねえな」

雨宮
「体験型ですね」

少し間。

新城が言う。

「観客が」

「映画を作る」

黒川
「へえ」

「つまり」

「観客が脚本だな」

新城は続ける。

「例えば」

画面を切り替える。

「恐怖反応が強い場合」

「ホラールート」

「弱い場合」

「日常ルート」

若葉が言う。

「演技変わりますね」

新城
「はい」

黒川は黙っていた。

画面を見る。

それから言う。

「お前の脚本」

画面を叩く。

「理屈だ」

新城
「道理は必要です」

黒川
「映画は人間だ」

新城
「人間も」

「道理で動きます」

黒川
「動かねえよ」

少し笑う。

「人間は」

「意味わかんねえ動きする」

八幡が言う。

「でも」

全員を見る。

「映画って」

少し考える。

「理屈じゃなくて」

「思い出になるんですよね」

黒川
「なんだそれ」

八幡
「例えば」

「岩井俊二の映画」

「何が起きたかより」

「空気覚えてません?」

若葉
「あー」

柏木
「なんかわかる…」

新城
「空気は」

「設計できます」

黒川
「できねえ」

新城
「できます」

黒川は笑った。

「面白え」

少し間。

「やってみろ」

新城
「やります」

雨宮が言う。

「技術的には」

「可能です」

柏木が言う。

「でも」

「お客さん」

「ついてこれますかね…」

八幡が言う。

「ついてこなくても」

少し笑う。

「面白ければ来ますよ」

少し間。

「まあ」

「面白くなかったら」

「誰も来ないんですけど」

黒川が頷く。

「それだ」

新城は静かに言った。

「なら」

「人が」

「参加する映画を作りましょう」

部屋が少し静かになった。

黒川が言う。

「まず」

「撮るぞ」

若葉
「え」

黒川
「試す」

八幡
「今?」

黒川
「今だ」

柏木が小さく言う。

「ほんとに映画作るんだ…」

新城はノートPCを閉じた。

「作ります」


第10話 最初のカット

等々力渓谷だった。

川の音がしている。

細い遊歩道。
木の影。
昼なのに少し暗い。

黒川はカメラを覗いていた。

三脚。

古いデジタルカメラ。

照明はない。

若葉が橋の手前に立っている。

「ここから歩けばいいんですか」

新城が脚本を見る。

「橋を渡って」

「止まる」

若葉
「セリフは?」

新城
「ありません」

若葉は少し笑った。

「映画っぽいですね」

黒川
「映画だ」

若葉は深呼吸した。

歩き出す。

川の音。

風。

足音。

橋の上で止まる。

振り向く。

黒川
「止め」

カメラを下ろす。

少し考える。

「悪くねえ」

若葉
「それ褒めてます?」

黒川
「半分」

八幡が言う。

「映画っぽいですね」

黒川
「映画だ」

八幡
「なんか」

「岩井俊二みたいな」

黒川
「関係ねえ」

柏木が少し離れたところで見ている。

「ほんとに」

「撮ってるんだ…」

若葉が橋から降りてくる。

「次どうします?」

新城が言う。

「次の分岐です」

黒川
「分岐?」

新城
「感情反応で」

「次のシーンが変わります」

八幡
「映画が」

「分かれるんですか」

新城
「はい」

黒川は少し笑った。

「まだ一本も撮れてねえのに」

新城
「実験です」

若葉
「実験映画かあ」

柏木が小さく言う。

「なんか」

「すごいことしてる気がする」

黒川はカメラを持ち上げた。

「気のせいだ」

それでも言う。

「もう一本撮るぞ」

若葉が橋の方を見る。

川の音が続いていた。

映画はまだ

始まったばかりだった。


第11話 上映準備

編集は新城の部屋だった。

六畳。

ノートPCの画面に映像が並んでいる。

若葉が画面を見る。

「ちゃんと映画になってる」

黒川
「最初から映画だ」

若葉
「監督っぽいこと言いますね」

黒川
「監督じゃねえ」

雨宮が画面越しに言う。

「分岐トリガー入れておきました」

新城
「ありがとうございます」

タイムラインにマークが並ぶ。

A

B1 / B2

C

八幡が言う。

「シンプルですね」

新城
「実験なので」

黒川
「一本撮れてりゃ十分だ」

柏木がノートPCを覗く。

「ほんとに」

「分岐するんですね」

新城
「します」

柏木
「映画なのに…」

黒川
「映画だからだ」

少し沈黙。

若葉が言う。

「上映どうします?」

黒川
「映画館」

柏木
「そんな簡単に?」

八幡がスマホを見る。

「ミニシアターなら」

「貸し切りありますよ」

新城
「費用は?」

八幡
「安いとこなら」

「一回数万」

新城は少し考える。

「出せます」

黒川
「まだあるのか」

新城
「まだ」

「三回くらいは上映できます」

黒川
「十分だ」

若葉
「客どうします?」

八幡
「映画好きには声かけます」

柏木
「ボク」

「SNSで告知してみます」

黒川
「客来るのか」

柏木
「わかりません…」

若葉
「劇団には一応声かけます」

黒川
「身内上映だな」

八幡
「最初はそんなもんですよ」

新城が言う。

「人数は?」

八幡
「二十人くらい」

黒川
「十分だ」

柏木がスマホを見る。

「映画」

「初めて宣伝します…」

若葉
「なんて書くの?」

柏木
「えっと」

少し考える。

「観客の感情で分岐する映画」

黒川
「わかんねえな」

八幡
「面白そうではあります」

新城は頷いた。

「上映しましょう」

黒川が立ち上がる。

「いい」

少し笑う。

「大ゴケしても」

「映画だ」

柏木が小さく言う。

「なんか」

「怖くなってきました」

新城
「なぜ」

柏木
「ほんとに」

「映画になるからです」

黒川が笑った。

「もうなってる」

新城は画面を閉じた。

「上映します」


第12話 テスト上映

立川のミニシアターだった。

古いビルの地下。

客席は三十席ほど。

スクリーンの前で黒川が腕を組んでいる。

柏木が入口の近くに立っていた。

「……来ました」

若葉
「誰?」

柏木
「劇団の人」

二人入ってくる。

八幡が手を振る。

「こっち」

新城は客席の後ろに立っていた。

ノートPCを開いている。

雨宮はオンラインだった。

「センサー接続できてます」

新城
「ありがとうございます」

黒川が言う。

「客何人だ」

八幡
「今」

客席を見る。

「十八」

黒川
「十分だ」

若葉
「身内ばっかりですね」

八幡
「映画は最初そんなもんですよ」

柏木が言う。

「SNSから」

「二人来てます」

黒川
「変なやつか」

柏木
「たぶん」

少しざわつく。

客が座る。

照明が落ちた。

黒川が小さく言う。

「始めろ」

新城がキーを押す。

映画が始まる。

等々力渓谷。

木漏れ日。

若葉が歩く。

客席は静かだった。

最初の分岐。

映像が変わる。

客が少しざわつく。

「え?」

「今変わった?」

柏木が小声で言う。

「変わってます…」

八幡
「面白い」

映画は続く。

しかし。

途中で客の一人が立った。

外へ出る。

柏木
「……」

若葉
「どうしたの」

柏木
「トイレ…」

数分後。

その客が戻ってくる。

しかし。

スクリーンの展開は変わっていた。

客が小さく言う。

「……あれ」

八幡が言う。

「分岐」

新城
「そうです」

映画はそのまま進む。

分岐は少ない。

展開が急だった。

上映が終わる。

拍手はまばらだった。

客が外に出ていく。

会話が聞こえる。

「なんか」

「よくわかんなかった」

「途中で話飛んだ」

「実験って感じ」

新城は黙っていた。

若葉
「まあ」

「初回だし」

八幡
「でも」

「分岐少ないですね」

黒川が言う。

「少ねえ」

新城
「増やします」

若葉
「でも」

「演者足りないですよ」

八幡
「時間も」

柏木が言う。

「あと」

少し迷う。

「トイレ」

全員を見る。

「行ったら」

「話わかんなくなります」

黒川
「映画だ」

新城
「対策は必要です」

雨宮が言う。

「離席検知できます」

新城
「止められる?」

黒川
「止めねえ」

即答だった。

「映画止めたら」

「映画じゃねえ」

少し沈黙。

新城が言う。

「なら」

「休憩用分岐」

黒川
「なんだそれ」

新城
「トイレルート」

八幡が笑った。

柏木
「……」

新城は柏木を見る。

「柏木さん」

柏木
「はい」

新城
「トイレルート作ってください」

柏木
「え」

黒川が笑った。

「雑用係の出番だな」

柏木は黙っていた。

この時はまだ

誰も知らなかった。

この

トイレルートが

この映画で一番話題になることを。


第13話 問題

上映が終わったあと。

小さな映画館のロビーは静かだった。

観客はほとんど帰っている。

ポスターの前に、数人だけが残っていた。

黒川が自動販売機の前でコーヒーを買う。

缶を開けて、一口飲んだ。

「……まあ」

「失敗だな」

若葉
「はっきり言いますね」

黒川
「映画は正直だ」

新城はスマホを見ていた。

SNSの感想を追っている。

柏木
「反応」

「ありますか?」

新城
「少し」

柏木
「なんて…」

新城
「わからない」

柏木
「え」

新城
「仕組みが」

「理解できないって」

八幡が腕を組む。

「急に分岐しますからね」

若葉
「演技も変わるし」

黒川
「そりゃそうだ」

新城が言う。

「分岐が足りない」

黒川
「そうだな」

若葉
「増やすんですか?」

新城
「増やすしかない」

八幡
「でも」

「演者足りませんよ」

若葉
「撮影時間も」

柏木
「予算も…」

少し沈黙。

黒川が壁にもたれる。

「詰みだな」

新城
「まだ」

「方法はあります」

黒川
「あるか?」

新城
「分岐を増やす」

八幡
「どうやって」

新城は答えない。

雨宮がスマホを見ながら言った。

「動画なら」

みんなが見る。

雨宮は顔も上げずに続ける。

「AIでも作れますけど」

静かになる。

黒川
「……は?」

雨宮
「生成AIです」

「動画」

「最近精度上がってます」

黒川が笑った。

「それ映画じゃねえ」

雨宮
「そうなんですか?」

黒川
「当たり前だろ」

雨宮
「でも」

「分岐は増やせます」

新城が言う。

「どのくらい」

雨宮
「かなり」

黒川
「無茶言うな」

雨宮
「実際作ってる人いますよ」

黒川
「誰だよ」

雨宮
「知り合い」

「AI動画クリエイター」

新城
「プロですか」

雨宮
「たぶん」

黒川
「たぶんってなんだ」

雨宮
「SNSで見てます」

少し沈黙。

黒川がコーヒーを飲む。

「……ふーん」

新城が言う。

「会えますか」

雨宮
「聞いてみます」

黒川
「お前」

「乗り気だな」

新城
「可能性は」

「全部試します」

黒川が笑った。

「変なやつだな」

新城
「そうですか」

黒川
「だが」

少し考える。

「まあ」

「面白そうだ」

雨宮
「連絡します?」

新城
「お願いします」

夜風が吹いた。

映画館の外のネオンが揺れる。

まだ

映画は

終わっていなかった。


第14話 水城

翌日。

雨宮から連絡が来た。

「来るそうです」

場所は研究室だった。

午後の研究棟は静かだった。

白い廊下。

蛍光灯の音。

研究室のドアが開く。

入ってきたのは、ラフな服の男だった。

リュック。

Tシャツ。

三十前後。

男は部屋を見回す。

「ここ?」

雨宮
「はい」

男は軽く手を上げた。

「水城です」

新城
「新城です」

黒川
「黒川」

水城
「映画の人ですよね」

黒川
「まあな」

水城は机の上のモニターを見る。

AIの波形。

センサー。

「研究室って感じですね」

雨宮
「研究室です」

新城が言う。

「AI動画を作ってると聞きました」

水城
「まあ」

「遊びみたいなもんです」

黒川
「遊び?」

水城
「面白いんですよ」

「生成」

黒川
「映画じゃねえな」

水城は笑った。

「そう言うと思いました」

黒川
「当たり前だ」

水城
「でも」

「偶然出ますよ」

黒川が少し眉を動かす。

水城
「生成って」

「予測通りにならないんです」

黒川
「ほう」

水城
「それが面白い」

新城が聞く。

「分岐の映像」

「作れますか」

水城
「できます」

「かなり」

黒川
「嘘つけ」

水城
「ほんとですよ」

雨宮が言う。

「この人の動画」

「すごいですよ」

黒川
「へえ」

水城は黒川を見た。

少し黙る。

それから言う。

「覚えてないですか」

黒川
「何を」

水城
「映像学校」

黒川が止まる。

水城
「講義」

黒川
「……」

少し目を細める。

水城
「先生」

黒川
「……」

「お前」

少し間。

「水城?」

水城が笑う。

「はい」

黒川
「生きてたか」

水城
「死んでないです」

黒川
「映像やってたのか」

水城
「やってますよ」

「別の形で」

黒川
「AIでか」

水城
「そうです」

黒川は腕を組んだ。

「お前」

「映画やりたかったんじゃねえのか」

水城
「やってます」

黒川
「それは映画じゃねえ」

水城
「先生」

少し笑う。

「偶然」

「ありますよ」

黒川は黙った。

新城が言う。

「分岐映画」

水城
「面白そうですね」

黒川
「作れるのか」

水城
「やります?」

少し沈黙。

黒川が笑った。

「変な再会だな」

新城
「やります」

水城
「了解」

研究室の窓から

夕方の光が差し込んでいた。

映画は

少しずつ

形を変え始めていた。


第15話 解釈

研究室の机の上にノートPCが置かれた。

水城が椅子に座る。

リュックを足元に置く。

「じゃあ」

「ちょっと見せます」

黒川が腕を組む。

「デモか」

水城
「そんな感じです」

雨宮がモニターを回す。

全員が画面を見る。

水城が言う。

「その前に」

新城を見る。

「脚本あります?」

新城
「あります」

新城は鞄から紙を出した。

水城がページをめくる。

しばらく黙って読む。

「なるほど」

黒川
「何が」

水城
「シーンの指示」

指を止める。

「ここ」

新城が覗き込む。

等々力渓谷の場面だった。

夜。

街灯。

二人の人物。

水城が言う。

「普通の生成だと」

キーボードを叩く。

夜の渓谷
街灯
二人の人物

生成が始まる。

数秒。

映像が出た。

暗い渓谷。

立っている人物。

八幡
「もう動画なんですね」

若葉
「すごい」

黒川は黙って見ている。

水城
「でも」

画面を指す。

「弱い」

黒川
「弱い?」

水城
「脚本が入ってない」

水城がまた入力する。

夜の渓谷
街灯
二人の人物
互いに疑っている
会話が始まる直前
沈黙

生成。

映像が変わる。

人物の距離。

動き。

空気。

若葉
「……雰囲気違う」

八幡
「ほんとだ」

水城
「AIって」

キーボードを叩きながら言う。

「映像作ってるわけじゃないんです」

黒川
「じゃあ何だ」

水城
「脚本の」

少し考える。

「解釈」

新城
「解釈」

水城
「指示を」

「映像に翻訳してる」

黒川
「翻訳か」

水城
「だから」

「脚本が弱いと」

「映像も弱い」

黒川は黙っている。

水城が画面を操作する。

「あと」

「全部AIにする必要もないです」

黒川
「ほう」

水城
「人は」

「人で撮る」

「空間だけAIでもいい」

画面に俯瞰映像が出る。

渓谷の全景。

街灯。

小さな人物。

八幡
「これ」

「映画っぽいですね」

水城
「例えば」

キーボードを叩く。

人物が去る

映像が変わる。

人物が歩き出す。

人物が振り向く

別の映像。

若葉
「分岐」

新城
「映像の枝」

水城
「そう」

黒川が言う。

「俳優は」

水城
「必要です」

黒川
「ほう」

水城
「むしろ」

「素材」

黒川
「素材だと?」

水城
「実写で撮った映像から」

「枝を作れます」

雨宮
「生成分岐」

水城
「そう」

「同じシーン」

「別の行動」

黒川
「……」

水城が少し笑う。

「あと」

キーボードを触る。

「実写を」

「アート調にしたりもできます」

黒川を見る。

「まあ」

「先生の好みじゃないと思いますけど」

黒川
「当たり前だ」

水城
「ですよね」

研究室に小さく笑いが起きる。

水城が言う。

「AIは」

「映画を作りません」

黒川
「……」

水城
「試します」

黒川
「試す?」

水城
「このシーン」

水城が言う。

「あと」

少し間。

「これ」

画面を操作する。

「事前に出せます」

黒川
「何をだ」

水城
「分岐」

「パターン」

画面に複数の映像が並ぶ。

同じ場所。

違う動き。

違う空気。

若葉
「……」

少し前に出る。

「これ」

「台本ですか」

水城
「近いです」

「行動の候補」

「感情の方向」

黒川が画面を見る。

「リハみたいなもんか」

水城
「それ以上ですね」

「撮る前に」

「ほぼ全部試せる」

黒川
「……」

少し黙る。

「じゃあ」

「回しながら考えなくていいのか」

水城
「はい」

「現場でのリテイクは減ります」

黒川は少し笑う。

「楽だな」

若葉が言う。

「舞台に近いですね」

全員が若葉を見る。

若葉
「事前に」

「解釈決めて」

「本番で出す」

少し考える。

「でも」

画面を見る。

「これ」

「一個じゃない」

水城
「全部出せます」

若葉は小さく息を吐く。

「……選ぶんだ」

新城が言う。

「分岐だからな」

黒川は腕を組む。

「役者が」

「選ぶ映画か」

少し間。

「面白え」

画面を見る。

「逃げる」

「戦う」

「振り向く」

「全部」

「試せる」

新城
「構造の実験」

水城
「そう」

黒川は画面を見ていた。

しばらく黙る。

それから言う。

「……もう一回」

「やってみろ」

水城が笑う。

「いいですよ」

画面の中で

また映像が生まれる。

映画は

まだ

存在していない。

でも

確実に

形になり始めていた。


第16話 計算

夜。

研究室。

ノートPCの画面に生成映像が流れている。

渓谷。
街灯。
人物の影。

水城が言う。

「まあ」

「こんな感じです」

黒川は腕を組んでいた。

「……」

少しして言う。

「悪くねえ」

水城
「ですよね」

新城はモニターを見ていた。

生成された分岐。

振り向く。
立ち去る。
近づく。

同じ場面。

違う結末。

新城
「……これ」

小さく言う。

「全部作れるんですか」

水城
「理論上は」

新城
「理論上」

水城
「GPUがあれば」

黒川
「何だそれ」

水城
「計算機です」

黒川
「金の匂いがするな」

水城
「しますね」

雨宮が言う。

「かなり」

部屋が少し静かになる。

新城が聞く。

「どのくらい」

水城
「生成だけなら」

少し考える。

「数十万」

黒川
「ほう」

水城
「でも」

画面を見る。

「ちゃんと作るなら」

「数百万」

新城は黙った。

黒川が言う。

「まあ」

「映画だしな」

新城
「……」

水城
「でも」

「撮影よりは安いです」

黒川
「そりゃそうだ」

新城が言う。

「問題は」

皆を見る。

「全部です」

雨宮が笑う。

「正解」

新城
「撮影」

「場所」

「機材」

「生成」

「音」

黒川
「俳優」

若葉
「……」

若葉は少し笑う。

八幡
「あと」

「人」

新城
「人」

八幡
「宣伝」

新城は机を見た。

少しして言う。

「……」

「いくら残ってます?」

黒川
「俺はゼロだ」

新城
「黒川さんじゃなくて」

雨宮が答える。

「あなた」

新城
「……」

スマホを取り出す。

銀行アプリ。

残高を見る。

数秒。

画面を消す。

黒川
「どうだ」

新城
「……」

少し考える。

「まだ」

黒川
「まだ?」

新城
「なんとか」

黒川
「そうか」

黒川は少し笑う。

「映画ってな」

机を軽く叩く。

「だいたい」

「そこから始まる」

新城
「どこからですか」

黒川
「金がなくなってからだ」

研究室に少し笑いが起きる。

水城
「リアルですね」

雨宮
「映画ですね」

新城は少しだけ笑った。

その時。

スマホが震えた。

新城は画面を見る。

メッセージ。

差出人。

智弘

新城は画面を見たまま止まった。

黒川
「どうした」

新城
「……兄です」

黒川
「ほう」

新城
「銀行員です」

黒川
「そりゃまた」

少し笑う。

「タイミングいいな」

新城は画面を見ている。

メッセージは短かった。

 最近どうだ

新城はしばらく考えた。

それから返信する。

 映画作ってる

数秒。

既読。

すぐ返信が来た。

 は?

新城は小さく息を吐いた。

黒川
「怒ってるか?」

新城
「まだ」

画面を見る。

次のメッセージ。

 明日会えるか

新城は少し黙る。

それから言う。

「……」

「会います」

黒川
「そうか」

少し笑う。

「面白くなってきたな」

研究室の窓の外。

夜の街。

映画は

まだ

始まったばかりだった。


第17話 銀行員

武蔵小杉。

昼。

駅前のカフェ。

新城は窓際の席に座っていた。

コーヒーはもう半分ほど減っている。

スマホを見る。

メッセージ。

 もう着く

数分後。

店のドアが開く。

スーツ姿の男が入ってくる。

少し店内を見回す。

新城を見つける。

歩いてくる。

椅子を引く。

座る。

智弘
「久しぶり」

新城
「久しぶり」

少し沈黙。

智弘
「映画」

新城
「うん」

智弘
「本気?」

新城
「まあ」

智弘は少し笑う。

店員が来る。

アイスコーヒーを頼む。

店員が去る。

智弘が言う。

「公務員辞めて」

「映画か」

新城
「うん」

智弘
「……」

「正気?」

新城
「多分」

智弘
「多分か」

新城
「うん」

智弘はため息をつく。

「いくら使った」

新城
「……」

「まだ」

「そんなに」

智弘
「数字」

新城
「三桁」

智弘
「百万?」

新城
「うん」

智弘は黙る。

コーヒーが運ばれてくる。

ストローを回す。

「で」

「何作る」

新城
「映画」

智弘
「それは知ってる」

新城
「分岐する」

智弘
「……」

「何が」

新城
「物語」

智弘
「ゲーム?」

新城
「映画」

智弘
「映画は分岐しない」

新城
「させる」

智弘は少し黙る。

「観客が?」

新城
「そう」

智弘
「どうやって」

新城
「脳波」

智弘
「……」

数秒。

智弘
「研究?」

新城
「映画」

智弘
「誰がやる」

新城
「研究者」

智弘
「……」

「お前」

「どこまで行く気だ」

新城
「わからない」

智弘
「映画って」

「儲かるのか」

新城
「知らない」

智弘
「成功率」

新城
「低い」

智弘
「低いどころじゃない」

新城
「うん」

智弘
「それでもやる」

新城
「できるから」

智弘は少し黙る。

それから言う。

「止めても」

「やるだろ」

新城
「多分」

智弘
「だろうな」

少し笑う。

「公職に就いたから」

「安心してたんだがな」

新城
「……」

智弘
「辞めて」

「自分のやりたいことやるって」

「やっぱ変わってない」

新城
「何が」

智弘
「昔から」

「こうだと思ったこと」

「周りが止めてもやる」

少し間。

「まあ」

「そこがお前のいいところでもある」

新城
「褒めてる?」

智弘
「半分」

二人は少し笑う。

智弘はコーヒーを飲む。

それから言う。

「ただな」

新城を見る。

「映画と人生は違う」

「分岐しても」

「戻れない」

新城は少し黙る。

窓の外を見る。

人の流れ。

智弘が続ける。

「だから」

少し肩をすくめる。

「俺がお前にしてやれるのは」

「精々」

「戻れない人生が」

「取り返しのつかない方向に行かないよう」

「サポートすることだな」

新城は少し笑う。

「銀行員っぽい」

智弘
「銀行員だからな」

少し間。

新城が言う。

「兄貴」

智弘
「なんだ」

新城
「多分」

「あと三百万」

智弘は黙る。

長い沈黙。

それから言う。

「銀行は」

「無理だ」

新城
「だろうね」

智弘
「社会も」

「無理だ」

新城
「うん」

智弘
「でも」

新城を見る。

「金は」

「俺が管理する」

新城
「……」

智弘
「お前」

「金の使い方下手だ」

新城
「否定できない」

智弘
「映画は」

「感情で作る」

「金は」

「理屈で使う」

新城
「銀行員っぽい」

智弘
「だから言ったろ」

店の外。

昼の光。

人の流れ。

映画は

まだ

何も完成していない。

でも

止まる気配もなかった。


第18話 音

研究室。

夜。

モニターの前に柏木が座っている。

映像が流れている。

等々力渓谷。

木々。

光。

若葉。

同じ場面が

少しずつ違う形で再生される。

柏木はじっと見ていた。

少しして言う。

「……あの」

誰も反応しない。

柏木
「これ」

振り返る。

「静かすぎません?」

水城
「ん?」

柏木
「映画館で見たら」

「なんか変な気がします」

水城がモニターを見る。

「……」

「確かに」

若葉も画面を見る。

「同じ演技なのに」

「空気が違う気がします」

八幡
「映画というより」

「実験っぽい」

黒川
「映画は実験だ」

腕を組んだまま

モニターを見ている。

少しして言う。

「無音じゃねえ」

若葉
「え?」

黒川
「風」

「水」

「足音」

「それが音だ」

八幡
「環境音」

黒川
椅子に腰を下ろす。

「映画はな」

モニターを指す。

「まず空気だ」

少し間。

「音楽は」

「その後だ」

新城
「でも」

モニターを見る。

「これ」

「生成映像ですよね」

水城
「ですね」

新城
「現場の音」

「存在しない」

黒川
「……」

若葉
「確かに」

八幡
「渓谷の音」

「録ってないですね」

雨宮
「後で作るしかない」

黒川は少し黙る。

モニターを見る。

流れる渓谷。

静かな画面。

黒川
「……」

「空気がないな」

柏木
小さくうなずく。

「映画館で見たら」

「違和感あると思います」

黒川
「音がいる」

八幡
「録音します?」

新城
「予算」

黒川
「ない」

研究室に少し笑いが起きる。

水城が言う。

「一人」

全員が水城を見る。

水城
「音やってる人」

黒川
「作曲家か」

水城
「いや」

少し考える。

「変人」

黒川
「安心した」

水城
「AI音楽やってる人です」

新城
「AI」

水城
「でも」

少し笑う。

「普通の曲作らない」

黒川
「なお良い」

若葉
「大丈夫なんですか」

水城
「多分」

黒川
「名前」

水城
「大澤」

八幡
「どこにいるんです?」

水城
「中野」

黒川
「近いな」

水城
「夜型です」

黒川
「映画向きだ」

新城
「会えます?」

水城はスマホを取り出す。

メッセージを送る。

数秒。

既読。

返信。

水城
「……」

少し笑う。

黒川
「なんだ」

水城
「起きてる」

若葉
「夜型ですね」

柏木
「すごい」

黒川は立ち上がる。

「行くか」

新城
「今から?」

黒川
笑う。

「映画はな」

窓の外を見る。

街の光。

「夜からだ」

研究室の窓の外。

街の光。

映画は

また少し

形を変えようとしていた。


第19話 音の人

夜。

中野。

駅前の通りはまだ明るい。

居酒屋。

ラーメン屋。

古いビル。

水城がスマホを見る。

「この辺です」

黒川
「雑居ビルだな」

新城
「スタジオ?」

水城
「いや」

「家です」

八幡
「家?」

水城
「はい」

階段を上る。

二階。

古い扉。

水城がノックする。

「大澤さん」

中から声。

「開いてる」

扉を開ける。

部屋は暗い。

モニターの光。

スピーカー。

ケーブル。

床には機材が散らばっている。

そして

変な音が流れている。

風のような。

金属のような。

水のような。

若葉
「……」

柏木
「これ」

小声。

「音楽ですか」

男が振り向く。

長い髪。

Tシャツ。

ヘッドホン。

「水城?」

水城
「こんばんは」

男は少し笑う。

「珍しい」

「人連れてきた」

黒川
「大澤か」

男は黒川を見る。

「誰」

黒川
「黒川」

大澤
「へえ」

少し考える。

「映画の人?」

黒川
「昔な」

大澤
「今は?」

黒川
「またやる」

大澤は笑う。

「いいね」

モニターを見る。

「で」

「何」

水城
「音」

大澤
「音?」

水城
「映画」

新城が言う。

「分岐映画です」

大澤
「分岐」

水城
「観客の反応で」

「物語が変わる」

大澤
「へえ」

少し考える。

「面白そう」

黒川
「音がいる」

大澤
「音楽?」

黒川
「空気だ」

大澤は少し笑う。

「いいね」

スピーカーの音量を上げる。

風の音。

金属音。

遠くの水。

大澤
「音楽いらないよ」

若葉
「え?」

大澤
「音があればいい」

黒川
「ほう」

大澤
「映画ってさ」

スピーカーを叩く。

「音が半分」

黒川
「知ってる」

大澤
「でも」

少し笑う。

「音楽つけると」

「全部同じになる」

黒川は少し笑う。

「気が合うな」

新城
「でも」

「分岐があります」

大澤
「うん」

新城
「場面ごとに」

「違う音」

大澤
「できるよ」

新城
「本当ですか」

大澤
「うん」

モニターを見る。

「映像ある?」

水城
「あります」

大澤
「見せて」

映像が流れる。

等々力渓谷。

若葉。

沈黙。

大澤は画面を見ている。

数秒。

それから言う。

「これ」

「音ないと死ぬね」

黒川
「だろ」

大澤
「でも」

少し笑う。

「音楽じゃない」

スピーカーを指す。

「空気」

黒川
「……」

小さくうなずく。

大澤
「やる」

新城
「本当に?」

大澤
「うん」

「面白そう」

柏木
小声。

「軽い」

若葉
「本当に大丈夫なんですか」

水城
「多分」

黒川は笑う。

「映画ってのはな」

窓の外を見る。

中野の夜。

「こういう奴がいないと」

「面白くならねえ」

大澤
「誰」

黒川
「お前だ」

大澤は笑う。

「いいね」

部屋に

また音が流れる。

風。

水。

遠い街の音。

映画は

また少し

形を変えようとしていた。


第20話 空気

中野。

大澤の部屋。

モニターの光。

スピーカー。

机の上には機材が散らばっている。

水城がノートPCを開く。

「映像出します」

モニターに

等々力渓谷が映る。

若葉のシーン。

静かな画面。

大澤は椅子に座る。

ヘッドホンを首にかける。

しばらく映像を見る。

大澤
「音ないと」

小さく言う。

「死ぬね」

黒川
「だろ」

大澤
少し考える。

「でも」

「音楽じゃない」

若葉
「え?」

大澤
モニターを指す。

「音楽つけるとさ」

「映画が“曲の映像”になる」

手を振る。

「それつまんない」

黒川
小さく笑う。

「説明になるからな」

大澤
「そう」

机の上のマイクを取る。

コツン。

机を軽く叩く。

その音を録る。

柏木
「机の音?」

大澤
「うん」

パソコンに取り込む。

波形が表示される。

大澤
「音ってさ」

「作るもんじゃない」

「拾うもん」

新城
「環境音」

大澤
「まあ」

少し笑う。

「嘘だけど」

音を伸ばす。

ピッチを下げる。

ノイズを混ぜる。

スピーカーから

低い風のような音が流れる。

柏木
「……」

若葉
「渓谷っぽい」

八幡
「机ですよね」

大澤
「うん」

「映画ってさ」

モニターを見る。

「嘘だから」

黒川
「当たり前だ」

大澤
「でも」

少し間。

「空気だけは」

「嘘つけない」

音を重ねる。

風。

遠い水。

葉の擦れる音。

モニターの渓谷。

突然

画面が生きた感じになる。

柏木
「……」

「すごい」

若葉
「本当に渓谷みたい」

八幡
「映像変わってないのに」

水城
「音だけで」

黒川は腕を組んでいる。

黙ってモニターを見ている。

少しして言う。

「いい」

大澤
「でしょ」

黒川
モニターを指す。

「映像が」

少し考える。

「呼吸してる」

新城は画面を見ている。

同じ映像。

でも

さっきとは違う。

新城
「……」

「分岐でも」

「使えますね」

大澤
「使える」

新城
「どうやって」

大澤
キーボードを叩く。

「感情変わったら」

「音変える」

水城
「センサー連動」

雨宮
「できます」

新城
小さく笑う。

「映画が」

「また変わる」

黒川
「最初から」

「映画は変わるもんだ」

大澤
「いいね」

椅子にもたれる。

スピーカーから

渓谷の音が流れる。

風。

水。

遠くの街の音。

映像と音。

映画は

また少し

生き始めていた。


第21話 設計

中野。

大澤の部屋。

夜。

モニターには

等々力渓谷の映像が流れている。

風の音。
水の音。
若葉の足音。

さっきより

画面が生きている。

柏木
「さっきより」

「全然違いますね」

八幡
「映画っぽくなった」

若葉は画面を見たまま

小さくうなずく。

黒川は腕を組んでいる。

少しして言う。

「いい」

それから

新城を見る。

「で」

「どう作る」

部屋が少し静かになる。

新城はモニターを見ている。

同じシーン。
違う結末。

新城
「……」

「分岐」

水城を見る。

「今いくつ作れます?」

水城
「計算次第ですけど」

「十くらいなら」

雨宮
「感情検出は」

「三パターンが安定ですね」

新城
「三?」

雨宮
「驚き」

「緊張」

「興味」

八幡
「ホラー映画みたいだ」

黒川
「映画は全部ホラーだ」

若葉
「どういう意味ですか」

黒川
「観客は」

「何が起きるか知らねえ」

少し間。

「それが映画だ」

新城はうなずく。

「じゃあ」

机の上のノートを開く。

「三分岐」

水城
「少ないですね」

新城
「最初は」

「それでいい」

柏木
「観客が選ぶんですか」

雨宮
「選ぶというより」

「反応ですね」

大澤
椅子にもたれたまま言う。

「じゃあ」

「音も変える」

新城
「できます?」

大澤
「当たり前」

スピーカーを指す。

「空気が変われば」

「映画も変わる」

八幡
「なんか」

「ゲームみたいですね」

黒川
「ゲームじゃねえ」

八幡
「違います?」

黒川
「映画だ」

少し間。

モニターを見る。

「ただ」

「今までより」

「自由なだけだ」

新城は画面を見ている。

等々力渓谷。

若葉。

静かな風。

新城
「……」

「じゃあ」

顔を上げる。

「もう一回」

「撮りましょう」

若葉
「ロケですか」

黒川
「等々力だ」

八幡
「また?」

黒川
「映画はな」

少し笑う。

「同じ場所でも」

「毎回違う」

大澤
「いいね」

椅子にもたれる。

「空気変わるし」

水城
「生成環境」

画面を見ながら言う。

「ちょっと拡張しておきます」

新城
「足りませんか」

水城
「分岐」

肩をすくめる。

「思ったより重いです」

雨宮
「でしょうね」

柏木
「ボクは」

少し考える。

「……何します?」

黒川
「観客だ」

柏木
「え?」

黒川
「お前」

「観客の顔してる」

部屋に小さく笑いが起きる。

モニターの渓谷。

風が揺れる。

映画は

少しずつ

形を持ち始めていた。


第22話 再撮影

等々力渓谷。

昼。

木漏れ日。

水の音。

前に来た時より
少しだけ空気が違う。

八幡
「やっぱ」

「ここいいですね」

カメラを構えながら言う。

黒川
「だから言ったろ」

若葉は橋の上に立っている。

少し緊張している。

大澤はヘッドホンをつけて

渓谷の音を録っている。

「……」

目を閉じる。

「いい」

柏木
「何がですか」

大澤
「空気」

雨宮は

小さな機材を並べている。

センサー。

ノートPC。

柏木
「それ」

「脳波ですか」

雨宮
「簡易版です」

水城は

カメラの後ろで

ノートPCを開いている。

黒川
「何やってる」

水城
「生成テスト」

黒川
「今?」

水城
「今です」

黒川
「映画撮影だぞ」

水城
「映画生成でもあります」

黒川は少し黙る。

それから言う。

「まあ」

「そうか」

新城は

渓谷を見ている。

少しして言う。

「黒川さん」

黒川
「なんだ」

新城
「最初のシーン」

黒川
「橋だな」

若葉を見る。

「若葉」

若葉
「はい」

黒川
「歩け」

若葉
「え」

黒川
「ただ歩け」

若葉
「台詞は」

黒川
「ない」

若葉は少し考える。

それから

橋を歩き始める。

水の音。

足音。

風。

カメラが回る。

黒川
「……」

「いい」

小さく言う。

水城のPC画面に

映像が出る。

同じ橋。

違う空。

違う表情。

水城
「生成」

「回ってます」

新城
「もう?」

水城
「素材あるんで」

雨宮
「感情検出」

画面を見る。

「興味」

八幡
「誰の」

雨宮
「観客」

柏木
「まだいないですよ」

雨宮
「だから」

少し笑う。

「仮想観客」

黒川
「変な映画だ」

大澤
「最高」

若葉が橋を渡り終える。

黒川
「カット」

少し間。

黒川
「もう一回」

若葉
「はい」

黒川
「今度は」

少し考える。

「逃げてる感じ」

若葉
「誰からですか」

黒川
「知らねえ」

若葉は少し黙る。

橋の先を見る。

「……」

小さく言う。

「決めないと」

柏木
「え?」

若葉
「分岐」

少し笑う。

「増えてるから」

新城を見る。

「これ」

「全部指示でやるんですか」

新城「……」

少し考える。

「難しいな」

黒川は腕を組む。

「だから」

若葉を見る。

「お前が決めろ」

若葉は少し息を吐く。

「はい」

若葉
「正解」

少し考える。

「なくなりましたね」

それから

もう一度歩き始める。

同じ橋。

同じ場所。

でも

空気が違う。

新城は

その光景を見ている。

少しして言う。

「……」

「これ」

黒川を見る。

「映画ですね」

黒川は

少し笑う。

「最初から」

「そう言ってる」

カメラが回る。

渓谷の風が揺れる。

映画は

少しずつ

形になり始めていた。


第23話 編集

研究室。

夜。

モニターには

等々力渓谷。

橋。

若葉が歩く。

同じシーン。

少しずつ違う。

表情。

空気。

結末。

水城
「素材」

キーボードを叩く。

「取り込みました」

雨宮
「感情ログも」

画面を見る。

「全部入ってます」

黒川は椅子に座っている。

腕を組んで

黙ってモニターを見ている。

若葉
「これ」

画面を見る。

「さっきのですよね」

水城
「はい」

若葉
「でも」

少し戸惑う。

「違う」

モニターには

別の若葉がいる。

同じ橋。

違う表情。

八幡
「映画だ」

小さく言う。

黒川
「まだだ」

水城
「分岐」

画面を指す。

「ここ」

クリックする。

映像が三つに分かれる。

同じシーン。

違う展開。

柏木
「すごい」

新城
「……」

モニターを見る。

雨宮
「感情入力」

画面を指す。

「驚き」

「緊張」

「興味」

水城
「観客が」

「どれに近いか」

黒川
「それで?」

水城
「ルート変わります」

八幡
「ゲームだ」

黒川
「映画だ」

若葉
「でも」

画面を見る。

「観客」

「気づくんですか」

水城
「気づかないと思います」

雨宮
「それが」

少し笑う。

「面白い」

新城は

少し黙る。

それから言う。

「音」

大澤を見る。

大澤は

ソファに寝転んでいる。

ヘッドホン。

「できてる」

全員が見る。

大澤
「音楽じゃない」

モニターを見る。

「空気」

再生ボタンを押す。

映像。

風。

水。

遠くの車の音。

若葉の足音。

少しして

低い音が入る。

八幡
「なんだこれ」

大澤
「渓谷」

八幡
「渓谷?」

大澤
「録った音」

少し笑う。

「加工した」

黒川
「いい」

小さく言う。

「映画だ」

若葉
「……」

画面を見る。

同じ自分。

違う自分。

少しして言う。

「怖いですね」

新城
「何が」

若葉
「自分が」

モニターを見る。

「増えていく」

水城
「まだ増えます」

黒川
「やめろ」

水城
「冗談です」

研究室に

少し笑いが起きる。

新城は

モニターを見ている。

分岐。

分岐。

分岐。

少しして言う。

「……」

「上映」

八幡
「また?」

新城
「はい」

黒川
「いい」

椅子から立ち上がる。

「今度は」

モニターを見る。

「ちゃんと」

「映画だ」

研究室の窓の外。

夜。

街の光。

映画は

もうすぐ

観客の前に出ようとしていた。


第24話 上映

小劇場。

夜。

入口のポスター。

The Branching Dreams Theater

その下に小さく書かれている。

観客の感情で物語が分岐する映画

柏木は受付に立っている。

少し緊張している。

目の前の観客が言う。

「これ」

「どういう映画なんですか」

柏木
「えっと」

少し考える。

「観客の反応で」

「物語が変わります」

観客
「毎回?」

柏木
「はい」

少しして付け足す。

「なので」

チケットを指す。

「このチケット」

「期間中」

「五回まで観れます」

観客
「そんなに?」

柏木
「ボクも」

少し笑う。

「全部観れてません」

観客は少し笑う。

「面白そうだね」

柏木
「ありがとうございます」

劇場の中。

小さな客席。

三十席。

半分くらい埋まっている。

八幡が客席の後ろに立っている。

小声で言う。

「まあ」

「こんなもんか」

黒川
「十分だ」

新城は

少し緊張した顔で

客席を見ている。

若葉は

後ろの壁にもたれている。

小さく言う。

「観客」

新城
「はい」

若葉
「緊張しますね」

黒川
「役者だろ」

若葉
「舞台と違います」

黒川
「どう違う」

若葉
「観客が」

少し考える。

「映画の中にいる」

黒川は少し笑う。

「その通りだ」

映写が始まる。

暗転。

スクリーン。

等々力渓谷。

風。

水。

若葉が橋を歩く。

客席は静かだ。

雨宮は

ノートPCを見ている。

波形。

数字。

少しして言う。

「反応」

水城
「どうです」

雨宮
「興味」

少しして

「驚き」

水城
「分岐」

キーボードを叩く。

画面が切り替わる。

スクリーンの映像が

少し変わる。

八幡
「おお」

小さく言う。

黒川
「黙れ」

八幡
「すみません」

客席。

誰も気づいていない。

映画は

静かに

形を変えている。

新城は

スクリーンを見ている。

少しして

小さく言う。

「……動いた」

黒川
「当たり前だ」

新城
「いや」

スクリーンを見る。

「映画が」

少し間。

「観客に」

「反応してる」

黒川は

少し笑う。

「それが」

「お前の映画だ」

スクリーンの若葉。

橋の上。

その表情が

少し変わる。

映画は

初めて

観客と一緒に

動き始めていた。


第25話 トイレルート

小劇場。

夜。

上映三日目。

スクリーンには

等々力渓谷。

橋。

若葉が歩く。

客席は静かだ。

黒川は腕を組んで見ている。

新城は後ろの壁にもたれている。

その時。

一人の観客が立つ。

静かに席を出る。

柏木
「……」

少しして

観客が戻ってくる。

雨宮
小声で言う。

「トイレ」

水城
「ルート」

キーボードを叩く。

スクリーン。

橋のシーンが終わる。

映像が切り替わる。

若葉。

川辺に立っている。

空気が少し変わる。

八幡
「入った」

小さく言う。

黒川
「……」

黙って見ている。

映画は続く。

上映が終わる。

客席の明かりがつく。

観客が出口へ向かう。

その時。

出口で

観客が話している。

観客A
「さっきの」

「なんだった?」

観客B
「どこ?」

観客A
「川のシーン」

観客B
「急に出たよね」

観客A
「意味あった?」

観客B
「わからん」

二人は笑って出ていく。

柏木は

その場で立っている。

劇場の中。

新城
「どうでした」

八幡
「客は増えてる」

雨宮
「分岐は正常」

水城
「トイレルートも」

「ちゃんと動いてます」

黒川は

椅子に座ったまま言う。

「……いらねえ」

柏木
「え」

黒川
「流れ」

スクリーンを見る。

「止まる」

新城
「でも」

「途中離席」

黒川
「映画は」

少し言う。

「待たねえ」

部屋が少し静かになる。

新城
「……」

少しして言う。

「確認」

「してませんでした」

水城
「動作チェックだけです」

雨宮
「映画としては」

「見てません」

八幡
「でも」

少し笑う。

「トイレシーンって」

「そもそも映画にないですよね」

黒川
「だから言った」

「いらねえ」

新城
「でも」

「観客は」

「トイレ行きます」

黒川
「映画は」

小さく言う。

「戻れねえ」

柏木は

黙ってスクリーンを見ている。

そこには

若葉。

川辺。

自分が作ったシーン。

少し間。

柏木
小さく言う。

「……すみません」

黒川
「謝るな」

柏木
「でも」

スクリーンを見る。

「映画」

言葉を探す。

「壊してる」

部屋が静かになる。

若葉は

何も言わず

画面を見ている。

自分の演技。

でも

そのシーンだけ

少し浮いている。

柏木
「ボク」

小さく言う。

「こんなの」

作るつもり

なかったんです

スクリーン。

等々力渓谷。

同じ場所。

でも

そのシーンだけ

少し

違う映画だった。

映画は

まだ

完成していなかった。


第26話 奮起

夜。

柏木の部屋。

小さな机。

ノートパソコン。

画面には

上映の映像が止まっている。

川辺のシーン。

トイレルート。

柏木は

黙って見ている。

少しして

再生する。

若葉。

川辺。

空気が違う。

本編の流れが

そこで止まる。

柏木
「……」

小さく言う。

「ダメだ」

動画を止める。

頭を抱える。

柏木
「ボク」

「何やってるんだ」

椅子にもたれる。

天井を見る。

少しして

小さく言う。

「若葉」

画面を見る。

橋のシーン。

若葉の演技。

静かな空気。

柏木
「……」

「壊してる」

しばらく動かない。

やがて

ノートを開く。

書く。

本編

その下に書く。

トイレ

柏木
「違う」

線を引く。

外側

少し考える。

柏木
「本編」

「触っちゃダメだ」

黒川の声が

頭に浮かぶ。

映画は戻れねえ

柏木
「……」

小さく言う。

「でも」

ペンを動かす。

別の話

少しして

言葉を足す。

同じ人物

柏木
「本編じゃない」

「でも」

少し言う。

「映画」

ペンが止まる。

柏木
「……」

急に顔を上げる。

柏木
「これ」

小さく言う。

「いける」

翌日。

研究室。

新城
「柏木?」

柏木は

少し緊張している。

柏木
「相談」

新城
「何?」

柏木
「トイレ」

少し言う。

「やめましょう」

部屋が少し静かになる。

黒川
「当たり前だ」

柏木
「でも」

ノートを出す。

柏木
「本編」

指で示す。

「触らない」

ページをめくる。

「外に」

少し言う。

「別の映画」

八幡
「外?」

柏木
「トイレの人」

少し言う。

「そこ見る」

雨宮
「サイド」

水城
「ストーリー」

柏木
うなずく。

「本編の補足」

「でも」

少し強く言う。

「ちゃんとした映画」

部屋が少し静かになる。

黒川は

腕を組んでいる。

柏木は

緊張している。

黒川
「……」

少しして言う。

「お前」

「作れるのか」

柏木
「……」

少し間。

柏木
「作ります」

黒川は

少し笑う。

黒川
「いい」

少し言う。

「やってみろ」

新城は

柏木を見る。

少しうなずく。

スクリーンには

等々力渓谷。

風。

橋。

若葉。

映画は

まだ

広がろうとしていた。


第27話 外側

研究室。

夜。

モニターには

等々力渓谷。

橋。

若葉が歩く。

本編の映像。

柏木は

ノートを開いている。

少し緊張している。

柏木
「……」

小さく言う。

「本編は」

スクリーンを見る。

「触りません」

黒川
「触るな」

柏木
「はい」

ページをめくる。

柏木
「これは」

「外側です」

新城
「外側?」

柏木
「トイレに行った人」

少し言う。

「そこから」

「別の話」

水城
「別ルート」

雨宮
「独立した物語」

八幡
「外伝みたいな?」

柏木
「近いです」

モニターに

別の映像が出る。

等々力渓谷。

同じ場所。

でも

誰もいない。

風。

水。

静かな映像。

八幡
「人物いないの?」

柏木
「最初は」

少し言う。

「観客の時間」

新城
「観客?」

柏木
「トイレに行った人」

指で線を引く。

「その時間」

「別の物語」

黒川は

腕を組んでいる。

少しして言う。

「誰の話だ」

柏木は

スクリーンを見る。

橋のシーン。

若葉。

柏木
「……若葉」

若葉
「え?」

柏木
「本編じゃない」

少し言う。

「過去」

部屋が少し静かになる。

若葉
「私の?」

柏木
「はい」

少し慌てて言う。

「でも」

「本編には関係ない」

雨宮
「キャラ補足」

水城
「バックストーリー」

八幡
「なるほど」

若葉は

少し考える。

スクリーンを見る。

橋の上の自分。

少しして言う。

若葉
「本編に」

「影響は出ませんか?」

柏木
「出さないように」

少し言う。

「作ります」

黒川は

スクリーンを見ている。

しばらく黙る。

黒川
「……」

小さく言う。

「映画だ」

柏木
「え」

黒川
「本編」

スクリーンを指す。

「こっち」

少しして

柏木の画面を見る。

「外側」

少し言う。

「こっちも」

柏木は

少し驚く。

黒川
「ただし」

少し言う。

「手抜くな」

柏木
「……」

小さくうなずく。

水城
「生成」

「回します?」

柏木
「まだ」

ノートを見る。

柏木
「脚本」

少し言う。

「書きます」

新城
「柏木」

柏木
「はい」

新城
「時間」

柏木
「かかります」

少し言う。

「でも」

スクリーンを見る。

若葉。

橋。

柏木
「ちゃんと」

「作りたい」

部屋は静かだ。

黒川が言う。

「いい」

少し言う。

「映画は」

「急いで作るもんじゃねえ」

柏木は

ノートを開く。

ペンを動かす。

タイトルを書く。

外側

スクリーンには

等々力渓谷。

同じ場所。

でも

まだ誰も知らない

別の映画が

生まれようとしていた。


第28話 外側の脚本

研究室。

夜。

モニターには

等々力渓谷。

静かな映像。

橋。

木々。

水。

柏木は

ノートに何か書いている。

かなり真剣な顔だ。

若葉は

その様子を見ている。

若葉
「……」

少しして言う。

「そんなに」

「難しいですか」

柏木
「難しいです」

顔を上げる。

「映画」

「作ったことないので」

八幡
「みんなそうだよ」

柏木
「でも」

ノートを見る。

柏木
「これは」

「若葉の話なので」

若葉
「私?」

柏木
「はい」

少し言う。

「でも」

「本編とは」

「違う若葉」

若葉
「違う?」

柏木
「本編は」

スクリーンを見る。

橋を歩く若葉。

柏木
「今」

「起きている話」

若葉
「うん」

柏木
「外側は」

少し言う。

「その前」

若葉は

少し黙る。

若葉
「……」

「私の過去?」

柏木
「過去というより」

少し言う。

「理由」

新城
「理由」

柏木
「どうして」

スクリーンを見る。

柏木
「橋に来たのか」

部屋が静かになる。

黒川が言う。

「いい」

少し言う。

「映画だ」

柏木
「え」

黒川
「人間はな」

椅子にもたれる。

「理由がある」

少し間。

「それが見えると」

「映画になる」

水城
「生成も」

画面を見る。

「いけそう」

雨宮
「感情ログ」

「使えます」

八幡
「つまり」

「トイレに行くと」

柏木
「違う映画」

若葉は

少し笑う。

若葉
「変な映画ですね」

黒川
「最高だ」

少し言う。

「誰もやってねえ」

新城は

柏木のノートを見る。

ページには

大きく書いてある。

外側

その下に

もう一行。

橋に来る前

新城
「柏木」

柏木
「はい」

新城
「それ」

「脚本?」

柏木
「まだ」

少し言う。

「骨組みです」

新城
「いい」

少し言う。

「続けて」

柏木は

うなずく。

ノートに

また書き始める。

等々力渓谷。

橋。

その場所に

まだ誰も知らない

もう一つの物語が

生まれようとしていた。


第29話 橋の前

等々力渓谷。

朝。

まだ人は少ない。

木々の間から光が落ちている。

水の音。

風。

機材は

最低限。

カメラ。

マイク。

小さなモニター。

黒川が周囲を見る。

黒川
「いいな」

少し言う。

「空気がある」

八幡
「ロケって」

「やっぱ違いますね」

水城は

ノートPCを開いている。

水城
「生成の下準備」

雨宮
「センサーは後で」

柏木は

少し離れた場所に立っている。

手にはノート。

かなり緊張している。

若葉が近づく。

若葉
「柏木さん」

柏木
「は、はい」

若葉
「監督」

柏木
「……」

戸惑う。

若葉
少し笑う。

「今日は」

「柏木監督ですよ」

柏木は

少し固まる。

黒川が言う。

黒川
「呼び方は」

「大事だ」

柏木を見る。

黒川
「監督」

柏木
「……はい」

ノートを見る。

柏木
「最初のシーン」

少し言う。

「橋じゃないです」

新城
「違う?」

柏木
「ここに」

渓谷の入口を見る。

柏木
「来る前」

八幡
「外?」

柏木
「歩いてる」

少し言う。

「迷ってる」

若葉
「迷ってる?」

柏木
「はい」

若葉を見る。

柏木
「ここに」

「来る理由」

若葉は

少し考える。

それから言う。

若葉
「柏木監督」

柏木
「はい」

若葉
「これ」

少し言葉を選ぶ。

「双葉じゃなくて」

「樹で演技した方がいいですか」

柏木
「……」

少し首をかしげる。

「樹?」

若葉
小さく笑う。

「私の本名」

少し言う。

「本当は」

「河村樹っていうんです」

少し沈黙。

風が吹く。

柏木は

少し固まる。

柏木
「……」

言葉を探す。

「それ」

少し言う。

「ボクに」

若葉を見る。

「言うって」

少し息を吸う。

「結構」

「信頼ですよね」

若葉
「そうですね」

静かにうなずく。

柏木は

少し緊張したまま

うなずく。

柏木
「じゃあ」

少し言う。

「ちゃんと」

「映画にします」

黒川が

小さく笑う。

黒川
「最初から」

「映画だろ」

若葉は

少し離れる。

深呼吸。

静かに歩き始める。

渓谷の入口。

立ち止まる。

空を見る。

迷う。

それから

ゆっくり

中へ入る。

黒川
「カット」

柏木を見る。

黒川
「どうだ」

柏木は

モニターを見る。

しばらく黙る。

柏木
「……」

小さく言う。

「いいです」

黒川
「だろ」

柏木
「でも」

少し言う。

「もう一回」

若葉
「はい」

柏木
「もう少し」

少し考える。

「迷ってください」

若葉は

うなずく。

若葉
「わかりました」

黒川が

小さく笑う。

黒川
「監督だな」

柏木は

少し恥ずかしそうにする。

新城は

その様子を見ている。

新城
「……」

小さく言う。

「映画だな」

渓谷の風が

木々を揺らす。

橋の物語の外側で

もう一つの映画が

静かに

動き始めていた。


第30話 樹

等々力渓谷。

朝。

同じ場所。

木々。

水の音。

橋の少し手前。

カメラが回っている。

柏木は

モニターを見ている。

黒川は

少し後ろに立っている。

若葉が

橋の手前に立つ。

柏木
「……」

少し言う。

「樹」

若葉は

少し振り向く。

若葉
「はい」

柏木
「ここ」

指を指す。

「来る前」

少し言う。

「まだ」

「迷ってます」

若葉
「……」

小さくうなずく。

若葉
「わかりました」

深呼吸。

歩き始める。

渓谷の入口。

立ち止まる。

橋を見る。

行くか。

戻るか。

少し迷う。

風が吹く。

木が揺れる。

それでも

歩く。

橋へ向かう。

柏木
「カット」

少し沈黙。

柏木は

モニターを見ている。

八幡
「いいですね」

水城
「表情」

「変わりましたね」

雨宮
「感情ログ」

モニターを見る。

「出てます」

黒川
「……」

少しして言う。

「柏木」

柏木
「はい」

黒川
「今」

「監督だ」

柏木
「……」

少し照れる。

柏木
「もう一回」

若葉
「はい」

柏木
「今度」

少し言う。

「橋」

「見ないで」

若葉
「見ない?」

柏木
「はい」

少し言う。

「見たくないけど」

「来ちゃった」

若葉は

少し考える。

それから

うなずく。

若葉
「やってみます」

位置に戻る。

カメラが回る。

歩く。

少し速い。

止まる。

橋を

見ない。

それでも

前に進む。

柏木
「カット」

沈黙。

黒川が

小さく笑う。

黒川
「映画だな」

八幡
「さっきより」

「いい」

水城
「分岐」

作れますね。

雨宮
「感情変化」

きれいです。

若葉は

少し息を吐く。

若葉
「……」

柏木を見る。

若葉
「柏木監督」

柏木
「はい」

若葉
「さっきの」

少し言う。

「私じゃないですね」

柏木
「え」

若葉
「樹」

少し笑う。

「でした」

柏木は

少し固まる。

それから

小さくうなずく。

柏木
「……」

「それ」

「映画ですね」

黒川が

後ろで笑う。

黒川
「やっと」

少し言う。

「わかってきたな」

橋の上を

風が通る。

本編の外側で

もう一つの物語が

形を持ち始めていた。


第31話 外側完成

研究室。

夜。

モニターに

映像が流れている。

等々力渓谷。

朝の光。

木々。

風。

樹が歩く。

橋の手前。

立ち止まる。

少し迷う。

それから

渓谷の奥へ進む。

映像が

ゆっくり暗転する。

部屋は静かだ。

水城
「……」

「できましたね」

雨宮
モニターを見る。

「感情ログ」

画面を指す。

「ここ」

「きれいに分岐してる」

八幡
「本編の前」

「って感じしますね」

若葉は

黙って画面を見ている。

自分の姿。

でも

少し違う。

若葉
「……」

小さく言う。

「これ」

柏木を見る。

「樹ですね」

柏木
「はい」

少し言う。

「若葉じゃない」

黒川が

腕を組んだまま言う。

黒川
「いい」

少し間。

「映画だ」

柏木
「……」

黒川
モニターを見る。

「本編壊してねえ」

少し言う。

「むしろ」

「広がった」

新城は

画面を見ている。

橋。

水。

静かな映像。

新城
「……」

小さく言う。

「トイレ映画」

八幡
「名前ひどい」

雨宮
「正式名称」

「必要ですね」

水城
「外側」

柏木のノートを見る。

新城
「それ」

柏木を見る。

「タイトル?」

柏木
「はい」

少し言う。

「本編の」

「外」

若葉
少し笑う。

「いいと思います」

黒川
「決まりだな」

新城は

椅子にもたれる。

天井を見る。

新城
「じゃあ」

少し言う。

「再上映」

水城
「生成」

回します。

雨宮
「センサー」

調整します。

八幡
「宣伝」

やります。

若葉
「演技」

柏木を見る。

「また」

「監督してください」

柏木は

少し戸惑う。

柏木
「……」

小さくうなずく。

柏木
「はい」

黒川が

立ち上がる。

黒川
「映画だ」

少し言う。

「やっと」

研究室のモニターには

橋。

渓谷。

樹の姿。

その映画は

本編の外側で

静かに

完成していた。


第32話 再上映

小さな映画館。

夜。

客席には

前より少し多い人。

学生。

映画好き。

カップル。

八幡が

入口でチケットを渡している。

八幡
「どうぞ」

「分岐映画です」

少し言う。

「途中で」

「物語が変わります」

観客
「へえ」

もう一人の観客。

「本当に変わるの?」

八幡
「多分」

観客
「多分?」

八幡
「ボクも」

「まだ全部見てません」

観客が笑う。

劇場の奥。

新城が

客席を見ている。

新城
「前より」

「多いな」

黒川
「噂だ」

新城
「噂?」

黒川
「変な映画」

少し言う。

「それが一番強い」

映写室。

水城が

モニターを見ている。

水城
「生成」

「スタンバイ」

雨宮
センサー画面を見る。

「感情ログ」

「正常」

スクリーンに

映像が出る。

等々力渓谷。

橋。

若葉。

客席は静かだ。

映像が進む。

分岐。

観客の反応。

緊張。

興味。

驚き。

雨宮
「分岐」

「入ります」

水城
「ルートB」

スクリーンの映像が

静かに変わる。

若葉の行動が

少し変わる。

客席の空気も変わる。

数人が

席を立つ。

八幡
「トイレです」

新城
「……」

少し緊張している。

スクリーンの映像が

暗転する。

トイレルート。

静かな渓谷。

橋の前。

樹が歩く。

客席。

数人の観客が

画面を見ている。

観客
「これ」

小さく言う。

「別の映画?」

もう一人の観客。

「さっきと違う」

映写室。

柏木が

モニターを見ている。

かなり緊張している。

黒川が言う。

黒川
「どうだ」

柏木
「……」

画面を見る。

樹が

橋の前で立ち止まる。

柏木
「動いてます」

黒川
「映画だ」

スクリーンには

渓谷。

橋。

静かな風。

映画は

観客と一緒に

少しずつ

変わっていた。


第33話 出口

上映終了。

スクリーンが暗くなる。

館内に明かりがつく。

観客が

ゆっくり立ち上がる。

ざわざわと

話し声が広がる。

観客A
「さっき」

「途中で」

「違うシーン見たんだけど」

観客B
「橋の前の?」

観客A
「そう」

観客B
「それ見てない」

観客C
「トイレ行った?」

観客B
「行ってない」

観客C
「多分それ」

「トイレルート」

観客B
「そんなのあるの?」

観客A
「なんか」

少し言う。

「若葉の過去っぽかった」

観客C
「え」

「それ見たい」

観客A
笑いながら言う。

「じゃあ次」

観客Bを見る。

「お前トイレ行けよ」

観客B
「なんでだよ」

観客A
「いいか」

指を立てる。

「さっきトイレルート見たんだから」

少し言う。

「水分補給して」

「トイレ行く準備しとけよ」

観客B
「映画の見方おかしいだろ」

観客C
笑う。

「でもちょっと面白い」

三人は

笑いながらロビーへ向かう。

ロビー。

八幡が

様子を見ている。

八幡
「……」

小さく言う。

「会話してますね」

新城
「してるな」

黒川
「映画だ」


第34話 二回目

同じ映画館。

夜。

ロビー。

前回より

少し人が多い。

学生。

映画好き。

カップル。

入口の前。

観客が

ペットボトルを買っている。

観客A
「ちゃんと飲め」

観客B
「だからなんでだよ」

観客A
「いいか」

指を立てる。

「さっきトイレルート見たんだから」

少し言う。

「水分補給して」

「トイレ行く準備しとけよ」

観客B
「映画の見方おかしいだろ」

観客C
「でも」

笑う。

「ちょっとやってみたい」

三人が笑う。

少し離れた場所。

八幡がそれを見ている。

八幡
「……」

新城を見る。

八幡
「映画」

「変な広がり方してます」

新城
「いい」

小さく言う。

「映画っぽい」

黒川
「映画はな」

少し言う。

「遊びだ」

映写室。

水城が

モニターを見ている。

水城
「客」

「増えましたね」

雨宮
「センサー」

画面を見る。

「今日」

「面白いかも」

柏木は

少し緊張している。

柏木
「……」

黒川
「慣れろ」

柏木
「まだ」

「慣れません」

黒川
「監督だ」

小さく言う。

「当たり前だ」

客席。

上映が始まる。

等々力渓谷。

橋。

若葉。

観客は静かだ。

途中。

一人の観客が

立ち上がる。

もう一人。

さらに一人。

客席の奥。

観客Aが

小さく言う。

「行け」

観客B
「今かよ」

観客A
「タイミングだ」

観客Bが

笑いながら

席を立つ。

映写室。

雨宮
「……」

画面を見る。

「トイレ」

水城
「ルート」

「増えます」

スクリーン。

暗転。

外側。

渓谷。

静かな映像。

樹が歩く。

客席の空気が

少し変わる。

観客
「来た」

小さな声。

別の観客。

「違う」

もう一人。

「さっきと違う」

映写室。

柏木が

画面を見ている。

少し息を吐く。

柏木
「……」

黒川
「どうだ」

柏木
小さく言う。

「映画」

少し言う。

「動いてます」

黒川が

笑う。

黒川
「やっと」

少し言う。

「始まったな」

スクリーンには

橋。

風。

そして

まだ誰も知らない

分岐の物語。

映画は

観客と一緒に

少しずつ

広がっていた。


第35話 噂

映画館。

昼。

ロビー。

平日なのに

客がいる。

学生。

社会人。

一人客。

八幡が

少し驚いている。

八幡
「……」

新城を見る。

八幡
「平日ですよ」

新城
「みたいだな」

入口の近く。

観客が

スマホを見ている。

観客A
「これだ」

観客B
「この映画?」

観客A
「うん」

スマホの画面。

SNS。

投稿。

 トイレ行くと
 別の映画始まるんだけど

別の投稿。

 同じ映画2回見たけど
 結末違った

観客B
「マジ?」

観客A
「だから来た」

二人は

チケットを買う。

少し離れた場所。

八幡
「SNS」

新城にスマホを見せる。

八幡
「結構」

「書かれてます」

新城
画面を見る。

トイレルート見ろ
あれヤバい

新城
「……」

小さく言う。

「映画だな」

映写室。

水城「ログ」

モニターを見る。

「昨日より」

「分岐増えてます」

黒川が言う。

「客」

「映画見てるか?」

水城少し笑う。

「半分くらい」

「トイレルートです」

黒川「……」

少し間。

「本編は?」

水城モニターを見る。

「反応」

「弱いですね」

黒川は腕を組む。

「トイレ目当てか」

新城は少し笑う。

「でも」

「来てます」

黒川「映画は」

「トイレのついでじゃねえ」

少し沈黙。

柏木が小さく言う。

「でも」

「楽しんでる人も」

モニターを見る。

黒川は少し黙る。

それから言う。

「本編が弱かったら」

「全部終わりだ」

雨宮
「感情」

画面を見る。

「安定してる」

柏木は

少し離れた場所で

モニターを見ている。

まだ少し緊張している。

黒川が言う。

黒川
「どうだ」

柏木
「……」

画面を見る。

柏木
「観客」

少し言う。

「映画」

「触ってます」

黒川
「それが映画だ」

客席。

上映中。

観客が

静かに画面を見る。

途中。

一人が

席を立つ。

また一人。

観客が

小さく言う。

「トイレルート」

笑いが起きる。

スクリーン。

等々力渓谷。

橋。

そして

外側。

樹が歩く。

若葉は

客席の後ろから

その様子を見ている。

若葉
「……」

小さく言う。

「樹」

新城が

横で言う。

新城
「見られてるな」

若葉
少し笑う。

「はい」

少し言う。

「役者ですね」

ロビー。

上映が終わる。

観客が出てくる。

観客
「もう一回」

別の観客。

「違うルート見たい」

映画館の前には

小さな列。

映画は

静かに

広がっていた。


第36話 議論

映画館前。

夜。

上映が終わった後。

数人の観客が

外で話している。

観客A
「さっきの」

「結末どうなった?」

観客B
「橋渡った」

観客A
「え?」

観客B
「お前は?」

観客A
「渡ってない」

観客C
「ちょっと待て」

三人が

顔を見合わせる。

観客C
「分岐?」

観客B
「多分」

観客A
「だからか」

少し言う。

「途中」

「空気変わった」

観客C
「トイレ行った?」

観客A
「行ってない」

観客B
「ボク行った」

観客C
「じゃあ」

指を立てる。

「次」

「お前行け」

三人が笑う。

少し離れた場所。

若葉が

その会話を聞いている。

若葉
「……」

小さく言う。

「議論」

新城
「してるな」

黒川
「映画だ」

若葉
少し笑う。

「黒川さん」

黒川
「なんだ」

若葉
「これ」

少し言う。

「映画ですか?」

黒川は

少し考える。

それから言う。

黒川
「映画だ」

少し間。

「ただ」

小さく笑う。

「今までと」

「違うだけだ」

映写室。

水城
「ログ」

モニターを見る。

「今日」

「かなり分岐してます」

雨宮
「感情の揺れ」

「大きい」

柏木は

少し離れて

モニターを見ている。

観客のログ。

分岐。

外側。

柏木
「……」

小さく言う。

「樹」

黒川
「どうした」

柏木
「見られてます」

黒川
「当たり前だ」

少し言う。

「映画だからな」

外。

観客の声。

「もう一回見よう」

「今度トイレ行く」

「分岐コンプしたい」

小さな映画館の前で

議論が続く。

映画は

スクリーンの外でも

動き始めていた。


第37話 変化

研究室。

夜。

モニターに

ログが並んでいる。

分岐。

感情。

ルート。

水城
「今日」

「分岐」

画面を見る。

「かなり増えました」

雨宮
「安定してる」

少し言う。

「むしろ」

「観客」

慣れてきてる

八幡
「慣れる?」

雨宮
「映画の見方」

新城は

モニターを見ている。

分岐ログ。

トイレルート。

外側。

新城
「……」

小さく言う。

「映画」

「覚えられてる」

黒川
「そりゃそうだ」

椅子にもたれる。

黒川
「変な映画は」

少し言う。

「覚えられる」

若葉は

少し離れて

ログを見ている。

若葉
「……」

小さく言う。

「樹」

水城
「外側」

画面を見る。

「人気ですね」

若葉
少し驚く。

「そうなんですか」

水城
「感情ログ」

画面を指す。

「ここ」

「強い」

雨宮
「観客」

少し言う。

「静かになる」

柏木は

少し後ろで

モニターを見ている。

柏木
「……」

黒川
「柏木」

柏木
「はい」

黒川
「監督」

少し言う。

「どうする」

柏木
「どうする?」

黒川
「映画」

モニターを見る。

黒川
「広がってる」

少し言う。

「次」

柏木は

少し考える。

スクリーン。

橋。

樹。

柏木
「……」

小さく言う。

「もう一つ」

新城
「もう一つ?」

柏木
「外側」

少し言う。

「まだ」

「ある気がします」

研究室が

少し静かになる。

黒川が

笑う。

黒川
「いい」

少し言う。

「監督だ」

モニターの橋。

風。

映画は

まだ

終わっていなかった。


第38話 もう一つの外側

研究室。

夜。

モニターには

上映ログ。

分岐。

観客の感情グラフ。

静かな部屋。

水城
「外側」

画面を見る。

「かなり」

「見られてます」

雨宮
「トイレ率」

少し言う。

「上がってる」

八幡
「映画館の人」

「困ってそう」

新城
「だろうな」

小さく笑う。

モニターには

橋。

樹。

外側ルート。

柏木は

黙って画面を見ている。

黒川
「柏木」

柏木
「はい」

黒川
「さっき」

少し言う。

「もう一つ」

柏木
「……」

小さくうなずく。

柏木
「外側」

モニターを見る。

柏木
「樹」

少し言う。

「橋に来る前」

黒川
「そうだな」

柏木
「でも」

少し言う。

「まだ」

「その前がある」

部屋が静かになる。

若葉
「その前?」

柏木
「はい」

若葉を見る。

柏木
「どうして」

少し言う。

「橋に来たのか」

若葉は

少し考える。

若葉
「……」

小さく笑う。

「それ」

少し言う。

「私も知らない」

八幡
「深いな」

雨宮
「でも」

画面を見る。

「面白い」

水城
「分岐」

作れますね。

黒川は

腕を組んでいる。

少しして言う。

黒川
「柏木」

柏木
「はい」

黒川
「映画はな」

少し言う。

「理由を探すと」

「終わらねえ」

柏木
「……」

黒川
「でも」

小さく笑う。

黒川
「それが映画だ」

新城は

モニターを見ている。

橋。

樹。

その前の物語。

新城
「……」

小さく言う。

「映画」

「増えるな」

研究室のモニター。

橋の映像が

静かに流れている。

その橋の前には

まだ誰も知らない

もう一つの物語が

生まれようとしていた。


第39話 最後の上映

小さな映画館。

夜。

ロビーには

いつもより人がいる。

学生。

映画好き。

一人客。

カップル。

入口のポスター。

The Branching Dreams Theater

その横に

小さく貼られた紙。

外側 上映中

八幡が

少し離れた場所から

それを見ている。

八幡
「……」

小さく言う。

「映画っぽいですね」

黒川
「映画だ」

新城は

ロビーの壁にもたれている。

少し眠そうだ。

若葉は

入口のガラス越しに

外を見ている。

人が入ってくる。

立ち止まって

ポスターを見る。

また入ってくる。

若葉
「……」

小さく言う。

「こんなに来るんですね」

黒川
「来る時は来る」

少し間。

「来ねえ時は来ねえ」

若葉
「雑ですね」

黒川
「映画は雑だ」

映写室。

水城が

モニターを見ている。

雨宮は

感情ログの画面を見ている。

柏木は

少し離れた場所で

スクリーン送りの確認をしている。

柏木
「……」

水城
「緊張してる?」

柏木
「してます」

水城
「監督ですね」

柏木
「やめてください」

雨宮が小さく笑う。

客席。

照明が落ちる。

静かになる。

スクリーン。

等々力渓谷。

橋。

風。

若葉が歩く。

観客は静かだ。

映画が進む。

分岐。

感情。

空気。

音。

少しして

一人が席を立つ。

また一人。

ロビーの方へ消える。

映写室。

雨宮
「トイレ」

水城
「外側」

柏木は

モニターを見ている。

樹が歩く。

橋の前。

迷い。

静かな風。

柏木
「……」

小さく息を吐く。

黒川が

後ろに立っている。

黒川
「どうだ」

柏木
「……」

少し言う。

「今度は」

モニターを見る。

「映画です」

黒川は

小さく笑う。

黒川
「そうだな」

客席。

上映が終わる。

明かりがつく。

少し間があって

拍手が起きる。

大きくはない。

でも

確かに起きる。

若葉は

少し驚く。

新城は

客席を見ている。

拍手。

立ち上がる人。

まだ座ったままの人。

少し考えている顔。

ロビー。

観客が出てくる。

観客A
「変な映画だった」

観客B
「うん」

少し笑う。

「でも面白かった」

観客C
「外側見た?」

観客A
「見た」

観客C
「樹の方が好きかも」

観客B
「本編も好き」

観客A
「また来る?」

観客B
「来る」

三人は笑いながら出ていく。

若葉は

その会話を聞いている。

少しして

柏木を見る。

若葉
「……」

小さく言う。

「見られましたね」

柏木
「はい」

少し間。

柏木
「私」

と言いかけて止まる。

若葉が笑う。

柏木
「……樹」

若葉は

静かにうなずく。

黒川は

ロビーの隅で

缶コーヒーを飲んでいる。

新城が近づく。

新城
「どうでした」

黒川
「どうもこうもねえ」

少し言う。

「映画だ」

新城
「はい」

黒川
「お前」

新城を見る。

「変なもん作ったな」

新城
「そうですか」

黒川
「褒めてる」

少し間。

「半分」

新城は

少し笑う。

映画館の外。

夜。

人が出ていく。

話しながら。

スマホを見ながら。

笑いながら。

映画は

スクリーンの中だけじゃなく

外でも

まだ続いていた。


第40話 夜のあと

映画館。

夜。

客はもういない。

ロビーの照明だけが残っている。

ポスター。

The Branching Dreams Theater

その横に

小さく貼られた紙。

外側

若葉は

ポスターを見ている。

少しして言う。

若葉
「終わりましたね」

新城
「一応」

若葉
「一応ですか」

新城
「映画は」

少し言う。

「終わらない」

若葉は

少し笑う。

黒川は

椅子に座っている。

缶コーヒー。

黒川
「終わる映画は」

少し言う。

「大体」

「忘れられる」

八幡
「ひどい」

水城は

モニターを閉じる。

水城
「ログ」

少し言う。

「かなり面白いですよ」

雨宮
「感情」

画面を見る。

「揺れてる」

柏木は

少し離れた場所に立っている。

まだ少し

落ち着かない顔。

黒川が言う。

黒川
「柏木」

柏木
「はい」

黒川
「監督」

少し言う。

「どうだった」

柏木
「……」

少し考える。

柏木
「映画」

少し言う。

「動くんですね」

黒川
「動く」

柏木
「脚本じゃなくて」

スクリーンの方を見る。

柏木
「人で」

少し言う。

「動く」

黒川は

小さく笑う。

黒川
「やっと」

少し言う。

「わかったか」

若葉は

柏木を見る。

若葉
「柏木監督」

柏木
「はい」

若葉
「外側」

少し言う。

「好きです」

柏木
「……」

少し驚く。

若葉
「双葉じゃなくて」

少し笑う。

「樹でした」

柏木は

少し言葉に詰まる。

それから言う。

柏木
「それ」

少し言う。

「映画ですね」

黒川
「そうだ」

新城は

ポスターを見る。

新城
「……」

少し言う。

「映画」

「作りましたね」

黒川
「お前」

少し言う。

「映画作りたかったのか」

新城
「いいえ」

黒川
「だろうな」

新城
「でも」

少し言う。

「作りました」

黒川は

小さく笑う。

黒川
「それでいい」

映画館の外。

夜。

人はもういない。

風だけが

少し吹いている。

ポスターの紙が

少し揺れる。

映画は

終わったのか

まだ続いているのか

誰にも

わからなかった。


第41話 橋

等々力渓谷。

朝。

静かな光。

水の音。

橋。

人はまだ少ない。

風が

木々を揺らしている。

若葉が

橋の手前に立っている。

少しして

後ろから声。

柏木
「樹」

若葉は

振り向く。

若葉
「柏木監督」

柏木
「もう」

少し言う。

「監督じゃないです」

若葉
「そうですか」

柏木
「柏木で」

若葉
少し笑う。

「はい」

少し沈黙。

橋の向こうを見る。

柏木
「ここ」

少し言う。

「最初の場所ですね」

若葉
「そうですね」

柏木
「映画」

少し言う。

「ここから」

若葉
「橋」

柏木
「はい」

少し言う。

「でも」

若葉を見る。

「理由」

若葉
「理由?」

柏木
「どうして」

少し言う。

「ここに来たんですか」

若葉は

少し考える。

橋。

水。

風。

若葉
「……」

小さく言う。

「わかりません」

柏木
「そうですか」

若葉
「でも」

少し言う。

「映画」

柏木
「はい」

若葉
「できました」

柏木は

橋を見る。

柏木
「……」

少し言う。

「映画」

「できましたね」

少しして

後ろから声。

黒川
「おい」

二人が振り向く。

黒川と

新城が歩いてくる。

黒川
「何してる」

柏木
「橋です」

黒川
「知ってる」

新城
「終わりましたね」

黒川
「終わってねえ」

少し言う。

「映画は終わらねえ」

若葉
「そうですね」

四人は

橋を見る。

その橋を

一人の人が渡っていく。

観光客。

スマホを見ている。

少し立ち止まる。

橋の写真を撮る。

また歩く。

その人は

映画のことを知らない。

でも

橋は

そこにある。

新城
「……」

小さく言う。

「映画」

黒川
「なんだ」

新城
「観客」

黒川
「そうだ」

新城
「作るのは」

少し言う。

「観客ですね」

黒川は

少し笑う。

黒川
「やっと」

少し言う。

「わかったか」

橋の上。

風。

水。

その場所に

映画は

もうない。

でも

誰かが

そこを通るたび

また

始まるのかもしれない。

-FIN-


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