「瞞天過海」は日常に紛れる策ではない。「正常」を設計する策である。

三十六計の第一計「瞞天過海」は、多くの場合、
「日常に紛れて相手を欺く策」
として解説される。
もちろん間違いではない。
しかし、この解釈だけでは現代社会への応用範囲が狭いように思う。
本質は、「日常に紛れること」ではなく、

相手にとっての『正常』を構築すること
にあるのではないだろうか。
人は、繰り返し接した情報や環境を「普通」「当然」「そういうもの」と認識する。
そして、その状態になると警戒心は大きく低下する。

つまり、
物語を構築する

反復する

共有される

「これが普通」という認知が形成される

正常性バイアスが働く

警戒しなくなる
という流れが生まれる。

現代では、この構造は様々な場面で見られる。
例えば株式市場では、
「AIが世界を変える」
「次の○○になる」
というストーリーが投資家の間で共有される。
株価の上昇がその物語をさらに補強し、多くの人が「それが当然」と感じ始める。

SNSでも同様である。
同じ価値観が繰り返し表示されることでエコーチェンバーが形成され、
「みんながそう考えている」
という認識が生まれる。
その結果、それが常識となり、異なる視点を疑うよりも、異なる視点の方がおかしいと感じ始める。

ハニートラップも同じ構造を持つ。
重要なのは誘惑そのものではなく、
「この関係は自然である」
という状態を相手の中に作ることである。
警戒心が失われた時点で、目的はほぼ達成されている。

このように考えると、瞞天過海とは
「日常に紛れる策」ではなく、「日常そのものを設計する策」
と読み替えることができる。
古代では兵法だったものが、現代では認知設計やマーケティング、SNS、株式市場、政治など幅広い分野で応用されている。

瞞天過海とは、
「相手の『正常』を設計し、その正常性を利用する戦略」
なのである。

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