必要悪という思考停止

気づいたら、同じ話を何度もさせられていた。
理由は単純だ。

「必要悪」という言葉が、議論をループさせるからだ。


必要悪は答えではない

よくある結論はこうだ。

必要悪は必要なものだ

一見それっぽいが、よく見ると何も言っていない。

  • なぜ必要なのか

  • 誰にとって必要なのか

  • いつまで必要なのか

全部が抜け落ちている。

これは説明ではなく、ラベルだ。

ラベルは思考を止める

「必要悪」と言った瞬間に起きることはシンプルだ。

  • 問題の中身を見なくなる

  • 構造の検証をやめる

  • 責任の所在が消える

つまり

理由の代わりに言葉を置いている

独占という例

独占も同じ構造で語られる。

  • 独占は必要悪だ

  • インセンティブのために必要だ

だがこれは、

独占を維持したい理由を「必要」で包んでいるだけ

とも言える。

本来見るべきは

  • なぜ独占が成立する構造になったのか

  • どこで歪みが生まれているのか

のはずだ。

構造 → 欲望 → 歪み → 必要悪

流れはシンプルだ。

  1. 構造が作られる

  2. 欲望が乗る

  3. 歪みが発生する

  4. 「必要悪」で正当化される

必要悪は原因でも解決でもない。
ただの後付けのラベルだ。

コピーの話に戻る

もしオリジナルの「起点」が認識されるなら、
コピー自体は問題ではないという立場も成立する。

それでも独占が必要とされるのは、

回収のための仕組みを維持したいから

であって、

創造そのもののためではない

可能性がある。

結論

必要悪とは、問題を解決する言葉ではない
問題から目を逸らすための言葉である

そして

「必要悪は必要なものだ」という言葉は、
思考停止の完成形である

議論が終わらない理由は、難しいからではない。
言葉で終わらせているからだ。

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