イベントはクローズドで発生するものである

イベントは開かれている、という前提で語られることが多い。

誰でも参加できる。
気軽にどうぞ。
みんなで盛り上がろう。

そういう言葉が並ぶ。

だが実態は違う。

イベントは「公開」されているだけであって、
「開放」されているわけではない。


イベントとは、条件を満たしたときに発生する出来事である。

時間、場所、テーマ、文脈、関係性。

これらの条件が揃った人だけがアクセスできる。

つまりイベントは最初から
「制限付きアクセス」の構造を持っている。

誰でも見えるが、誰でも入れるわけではない。


特にSNS主導のイベントでは、その傾向が顕著になる。

フォローしている。
空気を知っている。
文脈を理解している。

こうした見えない条件が参加の前提になる。

結果として、イベントは
「コミュニティへの参加」を内包する。

ここで違和感が生まれる。

表では「誰でも参加可能」と言いながら、
実際には関係性が前提になっているからだ。


イベントがオープンだという認識は、このズレから生まれる。

可視化されたものを「開かれている」と誤認する。

だが、見えることと入れることは別だ。

イベントは高い可視性を持つが、
アクセスは制限されている。

この構造を無視すると、
「参加して当然」という空気が生まれる。

そしてそれが、息苦しさの原因になる。


ではイベントは閉じているのか。

結論としては、すべてのイベントはクローズドである。

ただし、その「開きやすさ」が違うだけだ。

入りやすいイベントもあれば、
入りにくいイベントもある。

しかし構造自体は変わらない。


重要なのはここからだ。

イベントは「世界への入口」ではない。

単体のイベントが、外の世界へアクセスさせるわけではない。

イベントはあくまで
「特定のコミュニティへの接点」に過ぎない。

複数のイベントを横断することで、
結果として接触範囲が広がるだけだ。

それは階段ではなく、ネットワークである。


だからこそ、イベントの役割を誤解してはいけない。

イベントは開かれた場ではない。

それは、条件が揃った人間同士が
一時的に交差するクローズドな出来事である。

それを理解した上で参加するかどうかを選ぶ。

その方が、よほど健全だと思う。

いいなと思ったら応援しよう!